小網代の森カヌークラブ (パドリングウルフ, YouTube チャンネル) で毎週末誰かしらと一緒にカヤックを漕いでいます
ラベル 瀬戸内 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 瀬戸内 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2026年5月9日土曜日

20260509 - 10 大角鼻 - 堀江海岸

5/9 大角鼻から堀江海岸まで

昨夜はいい具合に風も落ちて結露も少なく朝を迎える。今日は少し長めに漕ぐ。前半は風、潮ともに背中を押してくれるけど、後半は潮の流れが逆になる。風はそのまま強くなる。ちょっと手ごわい漕ぎになるかもしれないなあと、コックピットに行動食を多めに入れておく。

砂浜には猫の足跡が点々とついて、舟の周りをウロウロしていたらしい。かわいいけれど、食べ物を外に出しておくと袋ごと破かれるから侮れない。

支度をして浮かぶ。鼻をぐるりとまわりこんで岸沿いに南南西に下っていく。なんだか安心して漕げる海だ。途中で休憩に上がった浜ではわきに道の駅があり、うどんが食べられるかと売店に行ったけど11時前のことでお店は準備中だった。ここまで結局一度もうどんを食べられず。うちに戻ってからはなまるうどんを食べるとするか。かわりにお土産物を買って隙間の空いたハッチにおさめる。途中の仕事がここで一つ済んでありがたい。

おそろいのスカートを履いた若い女性に手を振られながらまた海の上に。すぐに鹿島が見えてきた。本土との間を漕ぐか、広い方を抜けるか、大先輩は狭い本土側を漕ごうと言った。潮はもう向かいに流れていて、それが潮波を立てている。そこにざぶりと入って何回か波に乗れた。楽しい。みんな流れに負けずに抜けてきて、あとは向こう正面に見える目的の浜を見据えて淡々と漕ぐ。

風は少し向きを変えて、フォローと言うより右手側から常に吹く感じになってきた。右に右に向きたがる舟をおさえながらみんなわしわしと漕ぐ。早くつきたいような気もするけれど、浜が近づくとしんみりしてくる。並木の間に大先輩の車の屋根が見えた。紛れもないゴール地だ。元気な後輩からは「もう終わりなの」と冗談まじりの本音の声。最後はみんなで一緒に浜にバウをすりあげ、無事漕ぎの行程を終えた。


あとは現代社会にもどる儀式。荷物を片付けて車に積み込み、風呂を探してさっぱりとする。お風呂は道後温泉に入りにいった。そこで食事も取る。やっとこさうどんにありつけた。伊予うどんというらしい。ふわふわと柔らかめなうどんが優しい。

そうして人心地がついたらあとはどしどし帰るだけ。高速から垣間見える海を見ては、漕いできた記憶から島を見つけたり、山を見つけたり。うどんを食べそこねた山田海岸もうしろに過ぎて、また淡路島を抜けて神戸までついた。そこで一晩、元気な後輩の家で一泊させてもらえることになっている。大先輩も一発で三浦まで帰るのはさすがにしんどかろう。車を駐車場に入れたら街に繰り出して、学生街の若い声にまじって居酒屋でツアー漕ぎ終わりの祝杯をあげた。もちろんコークハイで。


5/10 横浜駅解散

朝早くに起きて、家の主からお茶を一杯ご馳走になり、早々に車を出す。一人残る方はなんだか物寂しいよね。まあ、三浦でまた漕ぎましょう。目立った渋滞もなく、スムーズに横浜までついて解散。明日からはツアーロスに悩まされるのだろう。


今回はうまく生活のリズムを作れて、興奮するでもなく、飽きるでもなく、毎日良く食べて良く出して良く眠れた。チャレンジではなく、暮らしに行く、それができていたように思う。

それにしても四国は旅がしやすいように感じた。今回カヤックで行った四国の海岸線を、今度は自転車で寝泊まりしながら回っていみたい。食事はその都度、土地のお店で美味しいものを食べよう。

2026年5月7日木曜日

20260507 - 08 魚島 - 大角の鼻

5/7 魚島から織田が浜まで

朝の出発に目を覚まして準備をする。なんにつけ静かな時間を過ごせた。島からは今治の海岸を目指す。昨日と違い途中に島が点々とあるので、休むにはことかかない。

10キロほど漕いで最初に寄ったのは四阪島。僕が瀬戸内を初めて漕いだときに、帰りに寄ったところ。その時は雨の中漕いで、寒い思いをしながら梶島の狭い浜にあがり、雫の垂れてくる木陰で小休止した。大先輩の「一生二度と来ないと思うよね」という言葉とともに薄暗い浜として記憶に残ってた。それが今日はピカピカに晴れて波打ち際の色も明るく南国感のある瀬戸内の海として記憶に追加された。

右手には来島海峡大橋が見えている。それが一本、二本と増えていく。風はなく、みな暑い暑い言いながら漕いでいる。次の休憩は比岐島で、集落とは反対の北側の浜に上がった。前に伯方島から真っ直ぐ南下した時は今治までほんの数キロの平市島で折り返し、四国上陸はならなかった。今回はちゃんと上陸できる。本州から四国まで本土同士がつながる。やったー。しかし、本州と北海道をつなぐのは大変そうだな。九州はやれるか。

正午を過ぎたら来島海峡から上げる潮の流れが向かい成分となり、船足が多少落ちた感じもするし、左に左に流されたけど問題ない。日本食研の変な建物脇にある綺麗な織田が浜に舟を上げた。

ひとまず干すものを並べたらまだ日が高い。歩いて 30分ほどでお風呂があるので、筋トレ後輩とさっぱりしにいく。日が暮れるまで時間はゆっくりある。仁老浜であった自転車組が今治のマクドナルドで胸焼けするほど食べて美味しかったと話していて、それに触発されてマックを食べてから浜に戻る。

明日はまだ漕げるかわからない。六時に出発できるよう支度をして、朝の予報を見て決めようということになって寝た。


5/8 織田が浜から大角の鼻まで

4時頃になるとみんなゴソゴソと起き始める。出発前は手の込んだものは作らずに、行動食に買ったものを食べておく。午前中でだいたい漕ぎ終わるので、昼ごはんをしっかりと時間をかけて食べる。その間に濡れものが昼の強い日差しで乾いていく。そういうリズムが自然とできていた。

大先輩は朝5時すぎの予報を確認して、六時出発でいこうと伝える。ところが、5時半過ぎに予報が悪く変わり、南西の風の上がりが早く強まりそうな様子に。さっさと漕ぎきってしまおうと、六時前にできるだけ早く出ようと声がかかり、皆の準備に拍車がかかる。

はやる気持ちそのままに出艇し、潮の流れに乗って大橋に向かって真っ直ぐ漕いでいく。海保の申し送りはあったのだろうか。途中、テトラの隙間から見えた浜ではSUPが四人ほど朝から練習していた。まだ8時前の朝活SUPとは優雅だなあ。横目にみながら漕いでいると、テトラの隙間から挨拶しにきてくれた。その浜の直ぐ近くにあるピンク色の建物がカフェで、仕事の前の漕ぎなんだそうだ。ええなあ。

海保の舟がでてくることもなくすんなりと大橋に近づき、そのすぐ手前の浜に上がった。潮流の信号標N3↓と繰り返しだしている。北に向かって三ノットで流れていて、それがこれから落ちていくということだ。三ノットはカヤックでてれてれ漕ぐくらい。この海況を抜けるのが今回の一番の目玉。大先輩はここまでみんなでこれて満足そうだ。橋の上の走るバイクに笑顔で腕を振っていた。

今日の残りは5キロほど。10時前には大角鼻の風裏側の浜に着くことができて、明日の松山までの35キロに向けてゆっくり過ごそう。このへんでみな、残りの食料の処理が始まる。かさばったり重かったりするものから食べる。生卵のバーゲンセールもはじまった。筋トレ後輩から一つ、二つと卵を貰い自分のメニューにトッピングする。

大先輩は自販機で缶コーラを見つけ大喜び。みんなに一本ずつくれて、自分でも焼酎、ウィスキーを次々とコークハイにして、早くも昼寝。ツアーのハイライトを無事にこなせてホッとしたのでしょう。ありがとうございます。

2026年5月5日火曜日

20260505 - 06 沙弥島 - 魚島

5/5 沙弥島から仁老浜まで

今日は荘内半島を回ったすぐの仁老浜がゴールだ。昨日の大波が嘘みたいに静か。三浦でこれだけ西風が吹いたらしばらくうねりが残るけど、瀬戸内はすぐに波風おさまって、潮にも乗って、のんびり漕いでもぐいぐい進む。

そうして最後の岬を回ったら綺麗な浜が見えた。そちらに向かって岸沿いに崖を眺めながら漕いでいく。崖の腹には綺麗な石垣が残っていて、成生岬のそれを思い出す。最近まで家でもあったのかな。

ゴールの浜はすでに賑やかで、何組かの家族がバーベキューをしている。その脇に上がらせてもらい、地べたに荷物を広げて僕らの今夜の宿り。

真上からの日差しに早めにタープを張って、夜露や漕ぎで濡れたものは乾かしてのんびり過ごす。この浜ではいろいろな人に声をかけてもらった。三世代家族連れの若夫婦からは亀の手の潮煮をお裾分けに貰い、自転車で四国を一周している二人組とは神奈川から来ていると知って話がはずみ、地元の漁師が連れた太った柴犬はアイスクリームが好物だと聞き、最後には自治体のじいちゃんがキャンプ場所の使用料を集めに来て、途中でみた石垣が空海の遣唐使の旅の安全を祈願して作られた神社の土台だと知る。ずいぶん新しい石垣に見えたけど、千年以上も前の石垣ということになるな。ほんとかな。

浜からは明日行く魚島が薄く見える。明日明後日の海況はとても良さそうだけど、その後がちょっと怪しい。まあまずは島に渡って、それから考えよう。


5/6 仁老浜から魚島まで

風がないと夜露がひどいな。まあしょうがない。濡れるのはタープが一枚だけ。すぐに乾くし楽ちん。

支度を終える頃になると、浜の人が総出でこちらを見ている。料金集めの爺さんも朝からでばってきてまだ足らないくらい話しかけてくる。自転車の二人も、車中泊で釣りをして回ってる人もみんなカヤックが出ていくのを見たそうしている。

浜でのブリーフィングは諦めて、出てから海の上でやりましょうと大先輩が言って一斉に船を出した。浜の人たちに手を振り返して、あとは魚島に向かってまっしぐらに漕ぐ。海況は静か。明後日にはまた西風が上がる予報があるが、今日明日は凪の海。漕げるときに漕いで、どこまで行くかは気にしない。

魚島までの途中にはどこにも上がるところがない。レジェンド先輩と顔の広い後輩はそういうパッドの話で盛り上がりながら漕いでいる。ドボンと浸かるにはちょっと水が冷たい。一人だったらいくらでもやりようはあるけれど、グループで漕ぐと色々憚られるしね。

段々濃くなる島影に向かって淡々と進み、11時前には島についた。右に見える赤い灯台をさらに回り込み、集落のはずれの綺麗な浜に舟を上げる。すぐそばに水場もあれば東屋もある。

舟を上げたらすぐに今後数日の行動を相談。残るは7、8、9日の3日間。魚島から松山までは75キロ。それをどう按分するか。明日は漕げる。明後日は微妙だけど、南西の風裏の岸べったりなら動けるか、というところ。明々後日は北寄りの風で、来島海峡を抜ければ追い風になるだろう。

結局、明後日の風がどうなろうとも動きやすい四国本土を目指そうということで、明日は今治の海岸を目指して30キロ、明後日は風裏だけで漕ぐつもりでそこから大角鼻まで15キロ、明々後日に松山まで残りの30キロということに決めた。あとはお天道様の気分にまかせ、今日はもう全力でのんびりするだけだ。

大先輩が売店があるにはあるというので、道を歩いて開いているか見に行く。漁港には静かにたこ壺が並んでいて、瀬戸内の島のリズムが体に沁みる。GW中だからか売店は開いていなかった。残念。東屋に引き返し、風がふくと少し肌寒いくらいの陽気で快適に過ごす。日が暮れて皆就寝。














2026年5月3日日曜日

20260503 - 04 女木島 - 沙弥島

5/3 女木島から沙弥島へ

今日も同じように朝5時半に出艇。昨日とは打って変わって風がなく、すいすいと進んでいく。とはいえそれも今日まで。明日は晴れはするものの爆風の西風が吹くとの予報で、ほぼ停滞が確定している。

浜を出て右に回り込み、高松の街を眺めながら進む。女木島は鬼ヶ島にもなぞらえられて、フェリーのつく港には鬼を模した灯標が立っている。金棒の先がピカピカ光る。

もう少し回り込んだら一旦の目標となる小槌島が見えた。凪いだ海面を段々強まる潮の流れに乗って楽々進んでいく。進むに連れて、右側に見えていた潮波の方に寄せられていくようだ。それも面白かろう。島の手前で海保のことなみが止まっていて、おそらくこっちを見ているのだろう。波に揺られながらも舟をちゃんと動かして、まとまって小槌島の南の砂浜に向かっているところを見て安心したのか、そのうち動いてどこかに行った。大先輩は声をかけてもらいたそうだった。

そうして浜に上がる。前回本州側を漕いだ時は大槌島で小休止した。大小ともに、大小逆の印を残す。

もう瀬戸大橋は見えている。今日寝泊まりする浜はその袂だ。小槌島を出ると急に四国の岸が都会になる。釣りのボートも一杯浮いている。そのうちの一つが掛かった魚をあげようと奮闘している。その釣り人二人組みの声が聞こえる距離で漕ぐ手を留めて見守る。ブリか、いやそうじゃない、と言うやりとりを何度かしたあと、サワラだと気づいた釣り人の歓声が海の上に通る。初めてだと嬉しそうに上げた魚はタモ一杯に大きくてびっくりした。そうか、この時期はサワラが本命なのか。

また漕ぎ出して坂出の街が左の引っ込んだ奥に見えてきた。するとそこから海保の舟が勢いをつけてこちらにまっすぐ向かってくる。ことかぜだ。名前からして、良く会うくりかぜの兄弟艇だね。ことなみから連絡が回ってて待ち構えてたのかなぁ。こちらの対応も素早い。ひとかたまりに集まって筏を組み、大先輩が間に立って誰何を待つ。クラブの集まりで東香川から松山まで行く、今日は瀬戸大橋の袂で上がって終わりにする、等の旨を答え、午後からは風が上がるから気をつけてと言われてそれで別れる。海保に会うとなんか得した気分になる。来島海峡あたりでもまた申し送りがあるかな。

大橋の下はまた少し潮が流れていた。それをドンブラと進んで桟橋の脇を通り、今日上がる沙弥島の浜が見えた。まだ10時にもなっていない。皆漕ぎたり無いのか手が止まりがちにタラタラ進んでいたら雨が降り出した。これも予報どおり。お天道様には敵わない。浜に上がって落ち着く場所をそれぞれ見つけ、これから強まる雨風に備えよう。


好みで二手に分かれる。浜に残り雨の中テントを張った人と、少し高台の東屋に登り、風はあるけど屋根を選んだ人。この雨も夜半からやんで、その代わり風が上がってくるだろう。時折浜の人たちが上がってきて、大橋を見ながら日が落ちるまで楽しく飲んだ。明日は停滞なので体に多少水を入れても問題なし。


5/4 沙弥島停滞

夜半、高台の東屋はだいぶ吹かれた。その分結露がなくてすっきり。初日とこの日はテントを使った。雨風が吹き込むのでタープはちょっとね。

空は晴れたけど風がまあ強く、日中はこのまま吹き続けるわけで、一日舟は動かせない。その間に大先輩は車を松山まで回送しておくというので、朝のバスに乗って浜を離れた。バス、電車、歩きで元の海岸まで戻って車に乗り、今度はそれを松山まで運転して置きにいく。そしたらまた電車等にのって瀬戸大橋まで戻ってくる。まあ、今日やっておけばゴールした日の回送時間を減らせるし、ちょうどいい。何人かは大先輩と一緒にバスに乗って坂出の街にでかける。

僕は荷物番組ということで、筋トレ後輩、顔の広い後輩と三人で浜に残った。今晩の宿りを張って落ち着いたら、朝飯からもうワインとビールを皆で美味しくいただく。


正午が近くなって散歩がてら風表に回ってみたら波の花が飛んでいた。こりゃあかん。瀬戸大橋を通る電車に乗ってみたくて、往復してみようかと思ったけど、電車は午前中止まっていたらしい。本州側まで行って運休になったら目も当てられない。乗りに行かず、荷物番して良かった。

正午くらいに坂出の街にでていた人たちが帰ってきたので、交代して僕もバスで出かける。朝一緒に御飯をした後輩二人に声をかけてみたけれど、どちらも昼寝をして出てこない。

日差しに熱を感じながら歩いてバス停まで。ここから10分くらいにあるスーパー銭湯にさっぱりしにいく。館内に入ったところで一人別行動をしていた後輩に入れ違いにばったり会う。坂出で朝ごはんを食べた後、善通寺にいってきて、それで今風呂を終えたそうだ。帰りのバスは多分一緒になるねと話して僕はお風呂に。真水で洗ってさっぱりとする。瀬戸内は冒険じゃなくて暮らしの場だ。午前中は漕いで、午後はゆっくりと暮らす。お店でご飯を食べるのもいいし、風呂が手頃な場所にあればさっぱりすればいい。

お風呂から出てバスの時間まで隙間を縫って本場の讃岐うどんが食べたい。少し歩いたところのセルフサービスのお店が良さそうだと歩いていったら入口の外にまで列が並んでいた。これは時間が間に合わないな。諦めて横のローソンで海苔弁を買って表で食べた。コロッケおいしい。

後輩と一緒にバスに乗って浜に戻った。あとは大先輩だけだ。日が暮れそうな六時くらいに大先輩が戻ってきて、お土産にビールとどら焼きを貰った。早速ビールを開けて飲んでしまう。どら焼きはどこかの行動食にする。これで皆揃った。明日は漕げる。



2026年5月1日金曜日

20260501 - 02 山田海岸 - 女木島

 5/1 から 5/10まで10日間、瀬戸内の四国側を小豆島あたりから松山まで漕ぐツアーに参加する。一昨年には同じ海域の本州側を漕いだ。今度は南側で点をうち線に繋いでいく。昨年はもろもろあって下関から関門海峡を抜けて宮島までいくツアーに参加できなかったけど、今年はなんとか参加することができた。家でキャンプ飯を作ったり、公園にいってテント張りの練習をしたり、準備と体調を整えていざ出発!


5/1 横浜から山田海岸まで

朝、強い雨の中横浜の待ち合わせ場所に行くともう大先輩の車がついている。開いた乗り口の前に傘を差して立つ人の足元を見ると綺麗にしている。参加者とは思えない。屋根の上にたくさんの舟を積んで珍しいと声でもかけてきたかなと思いながら寄っていくと、真面目な後輩が仕事前に見送りにきてくれてた。餞別のお菓子を貰って、全員がそろったら後輩に見送られて車がでていく。

今回の参加者は大先輩、レジェンド先輩、お堅い後輩、顔の広い後輩、筋トレ後輩、刺客後輩に僕の七人。190kmを超える行程でも安心していける顔ぶれだなと思った。

人と舟と荷物を積んで車は強まる雨の中を神戸に向けて走る。途中で雨は止んだけど、今度は風が強くなり出した。淡路島に渡る橋の上では車が左右に揺られる。速度を落として気をつけながら走って、大先輩はとてもお疲れだろう。雨の後の晴れた強風の中、鳴門の潮を下にみながら四国本土に初上陸。瀬戸内を漕ぐでなかで、愛媛や香川の島には上がったことがあったけど、本土は初めて。

徳島から香川に入ってすぐのところでいよいよ出発の海岸。その手前のスーパーで買い出しを終えて海岸に車を止めた。まだ日のあるうちにつけた。早速外に出てテントを張る場所を、と思ったけれど風が強すぎて無理。デカめのテントがすでに立っていたが強風に押されてぐいぐい撓んでいる。僕らは海岸に張るのを諦め、駐車場の建物のわきに何張りか、数人は車の中で落ち着いた。


5/2 山田海岸から女木島まで

潮の流れに乗るために日の出とともに出艇する。そのため、舟は昨日駐車場についた段階で下におろしておいた。風が強くて浜には置けなかったけど。なのでそのまま駐車場でパッキング、支度を終えて皆で最大級に重い舟を波打ち際まで運ぶ。一艇に四人がかりだ。それでも重い。それが嬉しい。並べた舟に集まって大先輩からブリーフィング。初日は 30km 先の女木島を目指す。昨日の風が弱まりながらも残っていて、潮も途中で逆になる。さてどうなるか。

漕ぎ初めて10キロ、二時間ほどしたか、休憩で浜にあがろうとしたときに、舟を持ち上げようとしてレジェンド先輩が尻餅をつく。そういえば、いつも先に漕いで行ってしまう先輩が今日は大先輩と一緒に後ろでおとなしい。少し寂しいなあと思いながら浜を出て少し漕ぐと、大先輩が後ろから「トラブルですー」と声を上げる。

皆で集まるとレジェンド先輩のハッチから水が入ってだいぶ舟が低い。ボリュームが少なめの舟にドライバッグに入った荷物がパンパンなので、沈む心配はないけど重くなってて舟足が上がらない。五キロほどそのまま漕いで浜にあがり、水を抜いて荷物を積み分け、先輩のハッチにはパドルフロートを膨らませたり、クローズドセルの寝る時のマットを詰め込んだりで安全を確保する。

そうして漕ぎ出した先輩の舟はしっかりと浮いて水の入りは心配なくなった。軽くなった舟ではあるけれど、先輩は申し訳なさそうにペースを合わせて後ろをキープしている。舟、重くなかったですか?と漕ぎながら聞くと、「僕は普通に漕いでるのにみんながどんどん先に行くんだよね。必死に漕いでやっと一緒だから、なんだか体の調子が上がらないなあと思ってた」由。いやいや、水入った舟なら尻餅つくのも納得だし、それでここまでペロリと漕いできたなんて、寂しく思ったのがひっくり返った。まだまだ敵わない。

これで落ち着いたかと思いきや、今度は風がおさまらない。どころか少しずつブローが上がり始める。進めないほどではないけど、潮の流れも反転しかけている時間で、これから先が思案されるところで鎌野漁港の手前の浜に休憩に上がった。

左から時折「ぼう」と吹く風の上がり下がりを感じながらしばし相談。女木島まで予定どおりいくとしたらあと 10キロ。今いる浜は気持ちがいい。結局、あと数キロ漕いで竹居の浜までいってその先の様子を見ようということでまた水の上。

ジリジリ漕ぎ上がって竹居の浜の先の岬をまわると向こうに女木島が見えた。風も気持ちおちついて、こうなると止まらない。大先輩がエディを探して先導する後を漕いで長崎の鼻の岩壁にとりついた。あとは女木島まで数キロわたるだけ。風はだいぶ落ちて、潮の流れもフェリーグライドになるだろうと、揚々と漕ぎ出す。実際は向かい潮の要素も多く、3キロ渡るのに一時間半かかったけど、元気に女木島の浜に上がった。

売店があるのでみんなで見に行くと 600円で生ビールが売っている。初日の漕ぎは一番うまい。それで乾杯したらあとは食事やらテントを張るやら濡れものを干すやらしてそれぞれが過ごした。

大先輩は相変わらずのノンテントスタイルだ。僕は夜露と虫だけはなんとかしたいと、タープの下に蚊帳を張ってみた。雨が降らない限り、今回のツアーはこれで行ってみようと思う。いよいよ始まった今年のGWツアー、やったるでー。


2024年5月5日日曜日

20240504 -0505 GW 旅に暮らせたか

いよいよ漕ぎは最後。目標の浜まで二十キロ弱。そこで今回の瀬戸内の漕ぎは終わる、距離は短いけど、ついた浜から大先輩は車を取りに岡山で出発した浜までバス、新幹線、電車、タクシーと乗り繋いで戻らなきゃならない。手漕ぎの舟でもこれだけの日数積み上げればそれなりの距離になった。

ゴールの浜から乗るバスは一時間に一本なので、漕ぎは短いとはいえ時間に気を遣う。まだ日の低くてひんやりした海に漕ぎ出してしんみりしながら漕いでいく。

とびしま海道は本州に近づく島ごとに護岸が増え、浜が減っていく気がした。そうして漕いでいるとなんだか催してきた。出発のときにかすかにあったもやもやを気にせず出てしまったなと思いながら、キョロキョロあがれる場所はないか探しながら漕ぐけど、車道が壁になって上がれる場所が見当たらない。開発された海岸線が恨めしい。

ツアーのペースだと汗もかかず、ただ下に出てきてしまうのか、どんどん強まってくる。仕方ないので、大先輩に休憩予定の浜まで先に漕ぎますと伝え、レジェント先輩の「えー、あとちょっとだよー我慢できないの〜?」という激励の声を尻目にペースを上げる。

下っ腹に力むとチョロりとしそうになる。まずら腕漕ぎ気味に回して体が温まってきたら少し波が治まる。その隙に普段のように漕いでいくと背中に汗が滲み出す。それで良い循環を回し、時々また戻って来る波に堪えながら見えていた浜に一人で滑り込んだ。降りた時には出口が少しパクパクしていて限界だ。時間が惜しいので目の前にいる人にトイレの場所を聞いてギリギリセーフ。さっぱりして舟に戻り、こちらに向かってくるみんなを迎えた。その時間の差は数分にしかならなかった気もするけど、のんびりペースで漕いでいたらその遥か前に駄目だったと思う。

気を取り直してすぐにまた皆で水の上。しばらく岸沿いに巻いたらすぐに先が開けた。ここからゴールの浜までは8キロほどの渡り。右後ろからの潮流に乗って1時間半ほどか。

海況は申し分なく、晴れた日差しの微風の中を淡々と漕いでいく。これで浜についたらもう漕ぎはおしまいか〜、嫌だな〜、と思いながら漕ぐと自然にペースが鈍る。そうすると、さっき空にしたはずの体内にさざ波が立ち始め、水かさを増して行く。

いやだ〜、最後はみんなでゴールしたい。もう先には行けない。なんとか間に合えと祈りながら気もそぞろに水をなでていたらゴールの浜辺前まで来ていた。しかしここですぐに上がれるわけではない。車のつけやすい場所にあげたいし、ゴールの瞬間を動画に収めたい。色々な渦が滞留しながら秒が過ぎ、分が過ぎで限界を超えてしまった。

半分もだしてないけれど、なんだか締まりの無いゴールで情けなし。力なくガッツポーズをして皆の列に並ぶ。これで一端のカヤッカーになれたのか。でもみんなには内緒。

ササッと着替えて大先輩はバス停に向った。予定では戻ってくるのに六時間かかる。その間は残りの5人で過ごす。とりあえずさっぱりしたいので、ロールをして水を入れよう。ツアーはいつもナイロンのスカートなので何度か回れば腹からコックピットに水が入る。

筋トレ後輩も浜の暑い日差しを嫌がったか一緒に回るというのでまた二人で浜の前に浮かび、少し沖に出て回る。瀬戸内海の水はまだ冷たくて、二度ほど回ったらザバーっと水が入ってきて途端に体が冷えた。これで十分。

あとは陸の服に着替えて脱いだものを水洗いし、他の荷物も並べて濡れ物を乾かす。時間はたっぷりある。浜から道路を挟んでキャンプ場があり、大きなテントがいくつも建っている。その風景と比べて僕らの荷物には何故か強い生活感が漂う。その少しの差を大事にしたい。


浜でやることも無くなったので、呉の町に出よう。浜に残るという二人を良いことに荷物を託し、筋トレ後輩とシリアル弟合わせて三人で呉の町に出た。銭湯に入り、そして昼飯を食べる算段。ついでに呉の駅でお土産も買って、またバスで浜に戻った。

後は大先輩が戻ってくるまでに自分たちの荷物を持ち帰り用にまとめ、カヤックを空荷にしておいたり、なんだかんだで動いていたら丁度六時間で大先輩が車で戻ってきた。手早く荷物、カヤックを積みながら、これからの行程を相談する。

一日早くゴールについたので時間は余裕がある。今は夕方五時。これから出て夜通し走れば渋滞になる前に戻れそうだというので、もうこのまま帰ることにする。ドライバーに気持ちよく走ってもらうのが最優先。

帰路につく前に浜からほど近いお好み焼き屋に入って打ち上げ。漕いでる間に懲りたのでお酒は控えてノンアルで乾杯したけどこれがとんでもなく美味かった。おでんと合わせて美味しく飲んで食べたら、後はもう一目散に横浜に帰る。ツアーの帰りはいつも速い。今回はさらに速くて、余韻が始まる前に帰ってきてしまった。


ツアーを終えたと言うより、一つの学校を卒業したという方が近い感覚でその後を過ごしている。ゴールを目指したと言うより、日々浜から漕ぎ出て浜に上がり、食べて寝る生活を一日一日と暮らしていたら、気がついたら今ここでおしまいとなった。できたらこれを何ヶ月、何年と続けたい気にもなった。これが、行ったきりで帰ることのない旅に暮らすということなのかなと思った。また、そうして過ごすには瀬戸内はやりやすいところだなあ。まずは三浦の海で暮らしてみたい。


2024年5月3日金曜日

20240503 - 0504 GW メシ、フロ、ネル

今朝のご飯は何にしよう。テント周りから離れて来島海峡が見える海際まで行き、ゆっくりご飯支度。晴れてても結構寒暖差があって夜露に濡れるね。軽めのシェルター持ってきてるけど、まあそれなりに中が濡れる。昼にすぐ乾くから良いんだけどね。

大先輩はここまでの所、例によってテントを張らずに寝ている。雨の日はタープを張っていたとはいえ、蚊が寄ってくるからなあ。そういえば瀬戸内海の蚊は色が薄茶色で大きいようだ。夕方になると出てきて、雨でも出てきて、テント張らずに寝てみたかったけどやっぱり無理だ。

明るくなる中支度を終えて今日の行程を打ち合わせる。大先輩が「プランBがあるんだけど」と言って、とびしま海道の北側に出て西に進み、適当な瀬戸をくぐってまた南側に戻ってはどうかと提案した。海図には4とか5とかの下げ潮の数字が見える。面白そうだなとは思うけど、皆昨日の船折瀬戸のイメージが有ってビビってた。ここは安全なプランAでということで、とびしま海道の南側を真っ直ぐ島に沿って進むことにした。

階段は潮が上がっていて、海藻のある段はすっかり沈んでる。安心して舟を段を降ろして浮かべ、来島海峡を振り返りながら漕ぎ始める。どこの島も離れがたい。

大筋下げ潮に乗って順潮のはずなのだけど、島の脇では順だったり逆だったりコロコロ変わって素直じゃない。瀬戸から出てくる流れや、真横から当たって前後に分かれる流れだったりするのだろうか、一定しない。日差しで明るい浅い水底を見ながら漕ぐの好きだけど、淡々と距離を漕ぐなら島から離れて大きな流れに任せたほうが楽なのだろう。でもそんなのは気にせずそのまま岸ベタで漕いていく。

とびしま海道でもまだドンづきに近いこの辺りはきれいな砂浜があちこちにあって良いところ。島と島の間も近いし、確かに瀬戸を出たり入ったりして漕ぎまわってみたい。恐れてた瀬戸は幅広でこれならリスクは少なかったなと横目で見ながら漕いでいたら昼前に今日の目指す浜についた。

この浜より少し戻った所に大きな宿泊施設があって、昼食を取れる食堂や日帰りで入れる風呂もある。順調に漕いで時間はたっぷり有るので、まずは昼ごはん。濡れた道具などを浜に広げて乾かしたら歩いて皆で食堂に出かける。お刺身定食が美味しそうで飛びつく。瓶ビールも開けさせてもらう。久しぶりのなま物が美味しい。でもちょっと足りない。筋トレ後輩と調子に乗って海自カレーを追加で頼んだら、まんまと上にメンチカツが乗ってきた。さすがに腹いっぱいで、上を見ながらカヤックまで戻ってしばらく暇をかこつ。


風呂が開く時間になったので、また皆で連れ立ってぶらぶら歩き、施設の離まで行って久しぶりの風呂にありつく。とはいえ何日入ってなかったのかは指を折るのに苦労する。昨日、一昨日と数えるとよくわからなくて、最初から一つ二つといくつも指を折ってやっと答えが出た。


さっぱりして舟に戻り、皆でそぞろに集まって日が落ちる中だべる。いよいよゴールが近い。と言うか明日漕げばゴールの呉だ。正確には呉に入る音戸の瀬戸の手前に上がる。この生活ももう終わりかあ。

2024年5月1日水曜日

20240501 - 0502 GW しまなみ海道、船折瀬戸

05/01

夜半から降り出した雨はそのまま夜が明けても続いている。うまくいけば、舟を上げる昼過ぎには止んでくれそうな予報。

5時前からゴソゴソ動き出して雨降りの中を撤収するのもだいぶ慣れた。このあたりから、前半部分の記憶が少し曖昧になる。どこの島で泊まったとか、何日前に瀬戸大橋くぐったとか、良く考えて指を折らないと出てこない。

旅の興奮が抜けて、日々の暮らしとして受け止め始めたのだと思う。もう一つの印が、ゴール地点を意識しなくなったこと。割とゴールまで何キロとか、途中のチェックポイントまでのペースとかを頭に留めながら漕ぐ方だと思うのだけど、このあたりからそういうのが気にならなくなった。普通に目が覚めてご飯を食べ、船を漕いでまたご飯を食べて寝る。それを大事に大事に繰り返すことに頭が使われていた気がする。

ともあれ、静かな水面に雨がぱらつく中、しまなみ海道に向かって漕ぎ出す。今日は伯方島あたりまで行ければ良い。島の風裏から抜けたのか、しばらくすると追い風、追い波を感じる。それでも風浪の中にうねりは感じないのが瀬戸内らしいか。

途中、百貫島にあがって小休止。なんの気無しに風表の浜に突っ込んで上がってしまったが、大先輩はちゃんと風裏に回り込んでゆったりと舟をあげていた。ほんの 10m の些細なことだけど、こういうところだよね。風に吹かれて浜に立っていると寒いので、みんな用事を済ませてそこそこにまた浮かぶ。

弓削島に取りついたらそこを回り込み、下げ潮と風の調子に乗ってぐんぐんと漕いで行く。弓削島の山肌はなんだか丸くぽっかりと抉り取られて、自然にできたと思えない。そんなことを考えながら通り過ぎてそこいらの浜で今日はおしまい。

昼には止む予報が段々とずれ込んで、日が暮れるまで結局雨は降ったけど、タープの下でみんなでそぞろに過ごし、それぞれのテントを張る頃には止んでくれた。二泊三日と雨が続いたけど順調に漕いで来れたし、明日からは風もない好天ということで気分も上がる。明日はしまなみ海道をくぐるので、大先輩の行程を聞くのに身が入る。船折瀬戸か荒神瀬戸か、潮止まりの時間に合わせて近くまで行っておいてその時考えよう。


05/02

今日は少し行動が早い。七時半には伯方島の南側にいて潮の様子を確認したいということで、そこまで行く時間も考えて出発は六時半とした。すると当然シリアル兄弟の二人はもっと行動が早いわけで、準備を終えて腕組みをしながら浜に立ち、筋トレ後輩の積み込みを見ている。急かしてるつもりが無いのはわかってるんだけど、年の功がにじみでてくるんだよねぇ。でもそれも毎日の流れに組み込まれていて、自然と時間前の出発となる。

伯方島の南に回って、前に漕いだ沖浦ビーチ前を過ぎる。これで本州側から伯方島までのしまなみ海道が自分の中で繋がった。四国に上陸したことがまだないので、あとちょっとだなあ。そうして西に進んでどちらの瀬戸を通るか思案する。

今日は小潮で、時間は満潮を二時間ほどすぎた頃合い。一番静かな条件なわけで、船折瀬戸の方を見やるとまあ落ち着いている。こちらなら航路を跨ぐ必要もないし、一気に漕ぎ抜けてしまいましょうと、伯方島に沿って狭い水路に入っていく。こんなに落ち着いている時であっても、白い灯台から先はそれなりに流れて潮波が立っている。楽しい。船もまだこないうちに瀬戸を潜り抜けられてホッとした。小潮でこれなら大潮の時とか、流れにまかせて下るだけでもどうなっちゃうんだろう。ひっくり返されてドンブラと流されていくのが目に見える。

パドルをとられてやばかったなどと話しつつ、大きな橋を潜った先の浜に上がって小休止。日も高く差すようになって白い砂と青い空が久しぶり。下げ潮に乗ってずんずん漕いで、気持ちのいい浜についた。

とりあえず浜に舟を上げて相談する。白い浜で気持ちが良いのだけど、潮が上がっても平気だろうか。波打ち際の線を見るとギリギリアウトのようにも思える。浜から20メートルほど離れて階段に整備された岸があって、その段の上の道を少し歩くと空き地のキャンプ場がある。どちらにするか。

階段は海藻で滑りやすい感じ。空荷の舟なら気にしないけど、荷を積んだ重い舟を上げるのは嫌な気しかしない。わがままをいって、浜で全部荷物を下ろして上のキャンプ地まで足で運び、軽くなった舟を階段で上げることにした。三浦の漕ぎとは違って気を遣う。怪我も舟の故障もそこで終了になってしまう。

陽の当たって風も適度に抜ける気持ちの良いキャンプ地に腰を据えて午後が始まる。ここ3日濡れていたテントも綺麗に乾く。雨だとタープの下に皆集まってこじんまりとするけど、晴れているとばらばらに広がっている。あちこちに寝袋やテント、漕いでた服も広げられ、あるだけの広さを有効活用させてもらう。そうして、鞆の浦で買っておいたジャンプを読むのにちょうどいい時間だった。








2024年4月30日火曜日

20240429 - 0430 GW 瀬戸内の分水嶺を越える

04/29

すこし肌寒い感じで出発。漕いでる間にも雨に降られるかもしれないのでドライを着ておく。汗をかくほど体が温まらないので服装で保温。

海図を見ると、潮が低いと現れる砂州が有るみたいなのだけど、それと思しき方向には何も見えな
ない。凪のツルツルの面にキールが切り込んでいく。

中くらいの島の間を南西に下ったら少し海が開けた。軽い渡りで対面の島に取り付いたら、これが今日の予定の島。夜から東風と雨が強くなるというので、西に向いた浜に上がる予定で、いくつか点々と見て歩く。そのうちの一つの良さそうなやつに決めたら、まだ正午前。

今日はもう漕がないぞとプシュッとやったら雨が振り始めて風も吹き出した。風よけにタープも張ってみんなで並んで座ったら天国だ。大先輩を皮切りにミートソーススパゲティが振る舞われる。筋トレ後輩は、次のスパゲティの具にしてくれとミートボールを供出する。後輩は今回バーナーを持って来なかったそうだ。ソーセージやミートボールは加熱済みなのでそのまま食えると言う。それはそうかもしれないけれど。道理で今までシリアルをポリポリしてた。それに、途中買い出しできるか分からないとのことだったので、それも相まって控えめに食べてた由。それが明日はコンビニで買い出しの時間を作ろうと決まったので、大盤振る舞いで食べに走っている。

昼からダラダラ飲みながら、明日の海図を見ながら相談しながら雨の下過ごす。ここまでは順調だ。雨も漕いでる時間は酷くなく、視界は良好。停滞の必要はなく全日漕げそうだ。潮の流れに合わせて午後は浜でのんびり過ごすパターンも上手くハマり、明るいうちにちゃんと料理して食事することができている。おかげで毎日快腸だ。

04/30

朝起きてまだ雨は降っているけど、昼に向かって次第におさまる予報だ。まあどっちでもやる事は変わらない。風さえなければ漕ぐには困らない。

少し視程が無いので島沿いに北西に上がってから仙酔島までの渡りをする。航路を横切るので気をつけたい。海面はまたツルツルで、まばらな雨の波紋もきれいに見える。

そのうち雨もやみ、視界も開けて、航路の灯標がはっきり見えた。それを目印に漕いでいき、その正面の仙酔島につくころには晴れ間が覗いてだいぶ暑い陽気になった。

仙酔島で一旦舟を上げ、そこから渡し舟で鞆の浦に人だけ渡り、補給の買い物などをする。ついたのは昼前。せっかくだから少しの観光と食事などもしようじゃないかということで、4人は昼飯、2人は日帰り風呂に行ってからコンビニで買い出しということに分かれた。僕は断然風呂組。気持ち悪いわけでは無いけれど、風呂に入って今自分が漕いできた海を見てみたい。ホテルの6階にある日帰り湯はとても良かった。シリアル後輩とさっぱりしてコンビニに行ったら、ちょうど飯組も終えて買出し中だった。奇しくも合流できた。

買出しも終えて、予定どおりの渡しで仙酔島に戻れる見込みなので、大先輩がちょっと知り合いの店に挨拶していきたいというので、皆で鞆の浦の町中をキョロキョロ見回しながら抜けていく。

お店は残念ながら休みだったけど、狭い路地のあちこちを見れたのが本当に良かった。

それで浜に上げたカヤックまで戻り、買い出したものを積み増して再出発。筋トレ後輩は買い物したコンビニ袋の取っ手が指に食い込んで痛くて仕方がなかったそうだ。どんだけ買ってんねん。

鞆の浦からは島沿いに少し進み、テトラがたくさん積んである小砂利の浜に上げてキャンプ地とした。また夜から雨がふるというのでタープを張り、しっかり準備して今日はおしまい。

鞆の浦は瀬戸内海の分水嶺ということで、ここを境に東西で上げ潮下げ潮の方向が変わるらしい。今日までは午前中の上げ潮に乗って進んできたが、その数日の間に潮回りも進み、明日からは午前中の下げ潮に乗ってずんずん進んでいける。

明日はいよいよしまなみ海道に取り付く。伯方島は久しぶり。以前に漕いだその島を今度は西に横切っていく。楽しみに寝た。

2024年4月28日日曜日

20240427 - 0428 GW 小豆島あたりから瀬戸大橋をくぐる

今年のGWはどこだろうと、年のはじめからそわそわする。去年は五島列島の福江島だった。大先輩が頭を捻って出してくれたのが瀬戸内の横断。予定では小豆島近くの本州側から出て呉あたりまで漕ぐ。よし来た。

今まではしまなみ海道を縦に、あとは周防灘をくるりと回ったことがあるけど、どちらも二、三泊ほど。今回は長くて八泊することになる。初めての経験。漕げない日もあるかもしれない。補給もできない場合を考えないといけない。大先輩の挑戦を受け止めましょう。

どんな食事にしようかなと色々考えながら家の自炊で試してみる。すると家事も趣味になって、次の食事の準備が待ち遠しい。出るものが毎日しっかりと出る食事にしようと目標を立てる。あとはできれば水の補給も無しを目指す。

そうして荷物をまとめていよいよ出発の日。金曜の夜に横浜駅で集合。とはいえ駅で待っていたのは僕だけ。他の人達は大先輩が小網代からの道中にピックアップしてきたのですでに車中の人。今回参加するのは大先輩、レジェンド先輩、その先輩の弟分のようなシリアル後輩、筋トレ後輩、僕、それにもう一人瀬戸駅で合流する危険センサーが壊れてる後輩の計6人。さあ行くぞ瀬戸内!


4/27 結局漕ぐ

夜通し走って神戸も過ぎた。もうこの先高速は混まないでしょうし、お腹も空いたのでサービスエリアに寄ってゆっくり朝食にする。大先輩は蕎麦二玉。レジェンド先輩はカツ丼。皆朝から健啖々々。まだ居ないアブナイ後輩はもっと食うと話しながら瀬戸駅でその後輩をピックアップしてメンツは揃った。さあ行くぞ買い出し!

買い出しって焦るのよね。慣れた人たちはすぐに買い物を済ませて車に戻っちゃうから、勝手の分からない地元スーパーであちこち欲しいものを探してウロウロ、そもそも何が欲しいか定まっていなくてウロウロ、そうしている間に気ばかり急く。

基本は朝飯に餅と卵を焼いてあと味噌汁、果物。昼はゼリー系の行動食、夜はパックご飯と野菜で炒め飯。そんな感じ。忘れちゃいけないお酒、ガスのボンベ缶。そう書くと簡単だけど、オツマミ欲しいなあとか、量足りるかなとか、自信がないからウロウロ。

一週間を超える分の買い物をイケアのバッグ一つに収めてようやっと車に戻ると、先輩達はすでに車中でのんびりしている。後輩が戻ってくる時には、僕もいっちょ前に先輩づらして椅子に寄りかかって置いた。

買い出しも終えて昼前。とりあえず出発予定の浜に車をつけて海を見ながら相談する。今はもう潮が逆潮になっている時間で、これから出るとしたら伸びない船足で15km ほど漕ぐ必要がある。夜通し走った体で今から出るか、ここでゆっくり一泊して明日に備えるか。

そうして皆で浜に立ったら出るに決まってる。いそいそと舟に荷物を積み込んで着替えを終え、大先輩が広げた海図の前に頭を寄せた。今日の行程を今一度確認してさっと船を浮かばせる。準備中の心配や車での疲れが泡になって頭から抜けていく。腹の下からフツフツと力が湧いてくる。良いよね、遠くにカヤック漕ぎに来るの。

小豆島、豊島を左に見ながら、本州を右に見ながら西へ西へと漕いで行く。波はない。油凪な海面をヌルヌルと漕ぐが、しばらくして景色が変わっていないのに気づく。下げ潮が一番強い時間のようだ。波はないけど水全体が後ろに下がっているのだろう。波も風もない中パドルだけ回しているのは皆堪えたようだ。

それでもあの目印まで、次の目印まで、と休まず漕ぎ続けて4時間半、目当ての浜に舟を上げた。西の方なのでまだまだ明るいうちに着けたけど、逆潮(ぎゃくちょう)の中漕ぐ疲労感を思う様味わった。この経験がこれから先のペースを決めることになった。

荷物を出してテントや食事の支度をし終えた人から浜に腰を据え、海を見つめる。いつも大先輩が一番乗り。テントを立てないからだ。一人一人と増えて横に並ぶ。海はずっと静かで波が一切ない。だから時折入る引き波が綺麗に皺を作って浜に寄せる。波の音がしない、静かな海というイメージが一層強くなる。

暗くなるまでゆっくり食事やらお酒やらをしながら、旅の始まった興奮にまかせてざわざわ喋る。今日の経験で、皆の意見が「逆潮には逆らわず、順潮の時間に稼げるだけ漕いで、あとは浜でゆっくりして次の日に備える」と纏まる。これから小潮になる中で、全体を通して午前中に漕いで正午過ぎたら浜に上がるという方針で毎日25kmを目安に漕ぐ感じだ。

大先輩が、「今日の15kmは絶対最後に効いてきますよ」としきりに言っていた。15kmなんて小網代からちょいと安房崎行ってくるくらい。それでもそれの積み重ねで僕らは進んでいく。

明日は順潮に合わせて七時には舟を出すと決めて、皆テントに潜り込んで寝た。


4/28 瀬戸大橋

レジェンド先輩とシリアル後輩はシリアル兄弟。去年の福江島でも、朝早く起きてテントの中でフルーツグラノーラの食事を済ませ、日の出る頃には漕ぎ出す準備が二人とも済んでいる。

これはあくまでせっかちなのではない。歳を取ると色々な事が素早く出来なくなるから、それで他の人に迷惑をかけないようにと、早め早めに動く癖がついてしまうのだ。だから、PFDをつけてカヤックの横に立ってこちらを見ていても、「まだぁ~?」と言うような心持ちは一切なく、ゆっくりとテントを畳んでくれて良いのですとの二人の言。

それはわかるけど、見られると気は焦るのでこちらもつられて早めの行動になる。そうして予定の時間より早く浮かんだ。

直島の北側から開けた海域を見晴らすと、南西に大槌島がうっすら見える。その周りにはあまり島がない。本当にちょうどいい目印だ。どこにいても富士山を間違えないように、ここいらを漕いでいてこの島は間違えないだろう。順潮に乗ってうわ~っと漕いで行ったら、島の近くで割れた流れが北に北に舟を寄せて危うく島を外すとこだった。その流れが島の北側に作る潮波に乗ろうと大先輩がわざとそちらに船を振るけど僕は騙されないぞ。潮波の上流に舳先を向けて浜にグライド気味にまっすぐ入っていった。他の人は大先輩について行って、潮波を被りながらザブリザブリと流れを漕ぎ上がって来て浜に上がった。

大槌島は北半分岡山県、南半分香川県。多分岡山側にしか居なかったと思う。小休止ですぐにまた浮かんで北側の波に乗って先に進む。

次の目印は瀬戸大橋か。靄がかっていて湿気があるのだろう。うぅ~っすらと見えるか見えないかの柱を心の目で見つけたような気がするけど、右にも左にもみえるような気がしてその真ん中を進む。そのうちに目印の柱がはっきりしてきて、グングン流れに乗って進んでいく。

柱のそばは流れが巻いてざわつく区間だったけど、つるりと抜けてその先の瀞場の海域で落ち着く。大橋には電車が通り、その音を真下で聞く。スピードを出してそうなバイクの音があっという間に左から右に過ぎていくかと思えば、救急車のサイレンも動いていく。人がいると色んな音がするなあと思いながら大橋を離れてまた静かな島に寄っていく。

近くの浜に舟を上げて一休み。今日の予定は消化済みで、ここからボーナス区間になるけれど、この先どうするか軽食を摂りながら相談しましょうということで軽く荷解き。島に寄って行く間少しペースが落ちた事もあり、昨日の漕ぎが思い起こされて皆逡巡しているようだ。夜露で濡れたテント道具等もあり、陽の当たるこの浜で乾かしたい気持ちもある。そうして三十分程ブラブラしたらここに決定。正午にはビールを開けて後戻りはできないようにして腰を落ち着けた。


そのうち焼酎お湯割りに移って自由に過ごす。大先輩は海図と沿岸潮汐表と思しき冊子を睨みながら気づくと寝落ちしている。筋トレ後輩は寝転がって昼寝、アブナイ後輩は太極拳の型をやって心身を整えている。そうして日が落ちるまでのんびり過ごした。明日の午後からは天気が崩れる模様。しばらくは雨にうたれて過ごすことになりそうだ。今のうちのお陽さまをたっぷり味わって充電して寝た。