小網代の森カヌークラブ (パドリングウルフ, YouTube チャンネル) で毎週末誰かしらと一緒にカヤックを漕いでいます
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2025年9月13日土曜日

20250913 本番に向けて

午前中は風が無いけど、午後から上がってきて雨も、と言う予報。最後の調整のため房総にやってきた。

強面の大先輩に挨拶をして先に舟を出す。海況の良いうちに磯根崎を越えて南に行けるだけ漕いで戻ってこよう。後ろにはバラしたカートを袋に入れて積んである。さらに塗装を重ね塗りしたので浸水は心配ない様子。

まだまだ海況はいい。ゆるい向かい風を調子良く漕いで行く。磯根崎を回ったら景色が開けた。波もなく、向かいの竹岡までいけそうな気になる。静かな海面にできる波紋が最初雨かと思ったら小魚の動きだった。小網代周りよりも岸よりの魚影が濃い。

磯根崎から南に続く崖が切れるところまで漕いで引き返す。そうして浜に戻ると二人が浮いて練習していた。しばらく僕も練習していい感じで舟を上げた。いよいよ次は本番だ。


2025年7月6日日曜日

20250706 東京湾ぐるり

海況がいい。予行演習ということで、分割艇で千葉の工房から三浦まで漕いで帰るのにいいチャンス。

朝電車を乗り継いで工房についたら、置かせてもらっていた分割艇を組んで準備する。先にもう浜に出ていた何人かに挨拶し、海に浮かぶ。思ったよりも風があって、海の上は涼しい。陸の上での準備中ダラダラでてた汗がスッと止まる。とは言いえ猛暑日の予報だしソロだから、ペースを落としてのんびり漕ごうぜ。


水に浸かって涼んでる人たちに手を振って南に漕ぎ出し、堤防回って次の岬を目指す。この磯根崎から続く崖の景色は漕いでて気持ちがいい。途中の浜でカヤックが3艇ほど上がって休憩してた。どこの人達だろう。会釈してそのまま岸べたで進んでいく。

景色はガスって、と言うかスモッグ?向かいの竹岡あたりの岸がうっすらとしている。三浦半島はちょっとも見えない。本番に合わせてしっかり岸ベタに上総湊を過ぎる。何度も水に浸かりながら歩くように漕いで行く。

いよいよ金谷のフェリー乗り場が見えてきた。ちょうど久里浜行きのフェリーが出ていったのでそれを見送ってから航路をまたぐ。大体1時間おきに出航してるから、カヤックを上げる場所まで漕いで歩いて乗り場まで行って、次のフェリーに乗れるかなと気が焦る。ともあれ、すんなりフェリーに乗れた。船室のクーラーは寒いから、外で湖風に当たりながら、カヤックの近くで時間を過ごして休む。

フェリーのデッキにいるととても風が強いけど、風波は立ってない。弱い風でも船に横から当たった空気が通り道を探して強く抜けるんだろうか。海獺島近辺は静かなので、久里浜から家のそばまで漕げそうだ。


それにしても三浦側はさらに視界が悪い。久里浜に着いたらカヤックを引いて下船して浜まで歩き、そこからまた漕ぎ出す。ゆっくりゆっくり。ここまで汗はかいてると見えて、フェリー中のトイレは濃い琥珀色のがチョロっとトイレで出るだけだった。

久里浜の灯台を過ぎて外に出ると、またフェリーが入ってくるところだった。僕が着いてからもう小一時間たったということか。フェリーが過ぎるのを待って航路を渡り、発電所の岸壁そばを漕ぐ。堤防に守られて南からの波には静かだけど、万一の際に上がる場所がない。久里浜で航路渡ってから、発電所の堤防の南側を漕ぐ3キロ程が一番厄介だなと思う。ま、堤防は最悪上がれるか。

そんな事を考えながらパシャパシャ漕いでテトラの終わりまできた。ここは多分発電所からの排水があるところだと思う。途端に水温が上がって周りの空気に熱がこもる。風呂場に居るみたい。ロールしても冷えないなこりゃ。蒸し暑い中をしばらく漕いで、野比の海岸が近づくとやっとまた水温が下がった。目当ての浜に上る前に脱ってカヤックに足を引っ掛けて、浮いたまま体をしばらく冷やす。浜では学生さんがグループで水遊びしている声が聞こえる。芯まで冷えることはない水温で、いつまででも浸かってられる。本番はもっと暑いのかなあ。

それで舟を上げてカヤックを片付け。もうちょっと電車で家に帰った。これで東京湾一周した事になる。と言ってもカヤック漕いだのはほんの20キロちょい。殆どは電車だけど、なんか面白い。


本番の参考のため、風速の記録を貼っておく。





2022年12月25日日曜日

20221225 来年は良い年になりそう

 例年の禊サーフ。今年も総勢七人のメンバーが集まった。昨年と同じで寒気が南に降りてきていて、ここ数日間日本海側は大雪であれて、太平洋側も大変強い風が吹いてアクアラインが通行止めになったり久里浜のフェリーが欠航したりした。それで今日は開催できるか気を揉んだけど、快晴で風も落ちてめでたく開催の運びになった。

ウルフ号も新しくなって、ゆったりとした車内で会話がはずむ。大半のメンバーは昨年の禊を覚えているから、はたして今年はどうだろうとワクワクしているに違いない。車は順調に走って海岸につく。浜の脇の道路には一台の車も他になく、サーファーも SUP もいない。ほんの一人の釣り人と何人かの散歩ばかり。

待ちきれず舟をおろして服を着替え、準備を整える。昨年と比べたら波はだいぶ穏やかで、少し拍子抜けした部分もあるけど、今年は筋トレ後輩が新艇でこのサーフに望む。物足りないくらいで始まるのが良い具合だろう。

みんなで浮かんでみると、長く乗れる波がしっかりたっている。崩れずに、透き通ったマリンブルーのジェリーの上を舟が滑る。ぐらっしーな波。浜に近づけば白い砂で明るい水の色に変わっていく。頭の中に多幸感が溢れる。

筋トレ後輩もしっかりとロールをしてから遊び始める。良い心がけ。ちょっと厚めの波にもつるりと舟を落とし込んで長く遊ぶ。一度崩れ波で転がされ、ちゃんとロールでリカバーしたのをみた。感慨深い。

熱心な後輩はだいぶ波に乗れるようになったけど、舟が波に横に向けられるとそのまま波なりに走ってしまう癖がある。何度かそのミサイルを交わしつつ、大先輩のイエローカード宣言が冬の青空に抜けていく。

昼ごはんを過ぎて波が熱くなり過ぎてきたけど、それでもガンガンパドルを回して波にガブリガブリとくらいついていく。特に年長三人組の先輩のパワーが凄い。それをずっと最後までやりきったニセコ先輩はばけもんだと思う。そうして西の岬のてっぺんに夕陽がタッチしたので、これを潮時と上がった。

沈脱ゼロだったので、帰りのファミマではコーヒーを奢る人はいない。大先輩はおいしいおいしいと言いながら自前でコーヒーを飲んでいた。去年のサーフは大荒れだった。そしたら今年はとんでもない年になった。今年のサーフは沈脱ゼロで、とても優しい、でもかなり楽しめる波だった。きっと来年はそうなると思う。そうだといいなと、とてもとても思う。



2022年10月8日土曜日

20221008 日の出るほうに行って日の入る方に帰る

何人かは連休にクラブのツアーで若狭湾に出かけている。三浦は初日の土曜くらいしか良さそうな日が無い。こういうときにこそ、気になっていた事柄を潰していこう。

グリーンランドカヤックを作りたいような気がずっとしていて、虫歯の穴を舌でつつくようにパドルを作ってみたりミニチュアを作ってみたり、色々気を紛らしてきた。それでモヤモヤと残っていた気持ちを、えいやと内房のグリーンランドカヤックの工房に連絡をしてみたら、土曜に見学させてもらえることになった。一緒にグリーンランドロールのレクチャーにも参加させて貰えるというのでウキウキで出かける。


朝一番の久里浜のフェリーで房総にわたる。三浦半島越しの富士山は、伊豆半島越しに見るより大きく感じた。電車を一本乗ったら最寄り駅。トコトコと歩いてちょうどいい時間に工房に着けた。途中の幼稚園は運動会のようで、地元の人達が連れ立って集まってくる。良い日よりで嬉しそう。

工房についたらすぐにシャッターが開いた。挨拶をして一緒に舟を出したり自分の着替えをしたりしたら、続々人が揃った。まずはグリーンランドロールのレクチャーだ。舟は自分の薄い舟と同じモデルを貸してもらえた。シートが目一杯前に出してあるけど、特に違和感なく乗れる。人間が雑に出来てるとこういう時便利。

初めてチュイリックというフード付き長袖パーカーのようなものを着た。おでこ、耳、顎がフードの中にピッチリおさまり、頭から水が入りにくいように出来てる。スプレースカートと同じで、コックピットの枠をパーカーの裾がくるりと覆い、ロールしても水が入らない。厚手のウエットスーツ地でとっても暖かい。

それでひとまず浜に浮いたら、今日は何をやりたいですかと聞かれる。勝手がまだわからないので、一通りやるのを見てもらえますかと答える。基本の5つをやりますかといって見せてくれた。上向いてスカリング、下向いてスカリング、レイバックロール、リバーススイープロール、ストームロール、これを右左がまずは入り口だそうだ。

できなかったやつを繰り返し練習して、途中海から合流してきた人にも檄を貰いながら地道にやる。チュイリックは首周りが暖かくていいなあ。ウェットのバラクラバ持ってるんだけどキツくて使ってない。丁度いいサイズの買おうかな。

レクチャーの他の参加者もチュイリックを着て、課題の動作を何度も何度も試している。できたら拍手と声があがり、体が冷えるまで水に浸かり続けた。

ひとしきりやって舟を上げるタイミングで、スキンカヤックに乗っている人にお願いして乗らせてもらう。

どんなもんかわからないからまずは乗ってパドルを数回まわして出る。おお。やっぱり内側の木枠のぶん、中の狭さがある。舟をコントロールするサイブレースとなる木の横棒がちょうど膝小僧の皿に当たっている。まずは上向いてスカリングしてみたら、皿に体重がかかって痛い。ほんとはとってもマズイ状態なんだけど初めてでわかってないから、スカリングまで戻れれば上がれるかなと思ってロールのために沈した。

そしたら逆さになって少し浮いたおしりが膝の逆関節を極めてくれて、皿が割れんばかりに痛い。スカリングまで持っていけないか舟を少し回そうとしたけどちょっと回そうとしただけで皿が痛い。逆さのままズボンを履き直すみたいに下半身をにじって木枠の当たるところを皿からずらそうとしたけどちっとも変わらないので諦めて沈脱した。舟を押しながら歩いて浜まで戻る。

レクチャーの先生方にはあるあるだよ、サンダルを脱いでみたらといわれ、裸足になって乗ったら皿のすぐ上の太ももに来てくれた。これでやってみたら普通に色々できた。ただ、膝をまっすぐ伸ばして足を一本棒にして乗っているので、すこし勝手が違う。もう少し身体を柔らかくしないと普段より厳しいなと思った。

思えば、薄い舟でもいつもは膝はガバガバで上げ下げする余裕がだいぶある。丸一日船に乗りっぱなしで遊ぶから、フィッティングはその辺を考えたらいいね。

満足して浜に戻り、まだまだ練習を続ける人たちを見ながら船のことをいろいろ聞く。おかげで、自分の使い道や漕ぐ場所など、舟を作るとしたらどうするか色々考える事柄がつかめてきた。

そのうちにみんな浜に上がったので工房に戻り後片付け。スキンカヤックは日差しに当てて念入りに乾かしている。これも工業的なリジッド艇とは違うところだよね。日が落ちてから帰ってきて、ざっと水かけてラックに戻しちゃうだけのリジッドはメンテフリーで雑な人間には楽ちんだ。

午後は工房の先生方が色々準備してくれて、皆でBBQをしながら話を聞かせてもらう。一緒にレクチャーを受けた人らは普段は逗子の方で漕いでいる由。また、舟の作業の人も居て、コクピットの枠を縫い付けているところを見ながら話をさせてもらった。

工房の人にはとても良くしてもらって、聞けばちょうど舟づくりの一つまとまりが次のサイクルに入るところらしく、時宜が良いみたいだ。作りたい気は満々なのだけど、何かがまだ止めている。それが何だかわからないけど、作って乗らないことはできるけど、作らずには乗れないのになと思いながら、わからないことが気にかかって進めない感じ。

こういうときは、がんがん行く元同期のいつものやつ、「すぐやろう」で押し切るのがいいのかな。

頭がぐるぐるしながら夕日を見ながら電車に乗ってらまたフェリーで帰った。





2022年5月3日火曜日

20220503-0508 ミサコの島

久しぶりに足枷のない連休。クラブのツアーで周防灘を五泊六日で漕ぎ回る。とは言っても連休でのお出かけ。行き帰りの道路は混むだろうから、無理せず余裕をもって、本気で漕ぐのは三日ほど。それでも十分。

5/3 横浜 - 笠戸島

初日は事故渋滞に三度はつかまり、笠戸島に着いてみればもう日が変わりそう。車中も会話がエキサイトして高速を降り損ねそうになったり、買い出しのスーパーに寄るのを忘れそうになったり、笑いの絶えない道中であっというまだった。車を止めたその周りで、暗闇の中みんな適当にテントをはり、もそもそと寝袋に入って寝る。


5/4 笠戸島 - 尾島

日の出もそこそこにテントを出て海の方をみやると、海辺の道を野犬がトボトボと歩きすぎる。夜中にワンワンと聞こえていたのはこれか。朝飯をすませたら荷支度をし、重い舟を水に浮かべて入江を出ていこうとすると、道のない山の上の方から見送りの遠吠えが響いた。トボトボ歩いている姿を思えばかわいい。

この入江には石の鳥居が立ち、大明神と書いてある。これからの航海の無事を祈って手を合わせ、外に向かって漕ぎ出したら、なんだかヌメヌメと丸くて黒いものが水面を上がり下がりしているが見えた。しばらく見ていると、また出てきた拍子にプハッと息継ぎをして、ああ、スナメリなんだと気がついた。これは幸先がいいなとしばらくしたら、いよいよ漕ぎ本番。

深浦の入江から火振岬を過ぎて、今日のゴールの尾島が見えた。後ろの牛島だかに紛れて、それよりもう少し色濃い島陰。もうちょっとだけ笠戸島に沿って漕いで、適当な砂利浜であがって一休みしたら尾島への渡り。15km の距離をまっすぐ漕ぎ切った。まだ日が高く1時過ぎ。でも水が綺麗で玉砂利の浜から低い緑と青空を見たら、もうこの先漕ぐ気にはならない。そうそうに舟をあげ、それぞれがバラバラに時間を過ごす。

日が少し下がってきたら、だんだんと皆が集まってきて、プシュッと缶が開いた。こうなると時間が経つのが早い。ぐんぐん日が落ちていって、太陽が「i」の字にピカピカおりてきて、それがピリオドになって消えていった。こうなると寒くなってくる。暖かい物を食べながら、11時くらいまでベラベラと喋り通して寝た。


5/5 尾島 - 牛島 - 叶島 - 長島

今日もまた漕ぐぞー、祝島はあがれないけど、長島側に上って休憩して、その先の佐合島の瀬戸内No.1ビーチでキャンプするぞー、と意気込んで漕ぎ出した。まずは牛島に取りついて岸ベタに回っていく。トンビにしては腹が白いなと思ったら、ミサゴだ。三浦ではちょっとレアだから嬉しいと思って上を見ていたら、トンビだと思っていた鳥がみんなミサゴだった。田中美佐子が大好き、紺野美沙子もいいですね。あほな会話で牛島を回っていく。

次は叶島に着いたらここにもミサゴ。番いのようだ。人の居ない場所にはトンビも住めない。ミサゴのような自分で餌を取れる鳥しか生きれないのだろうと大先輩がポツリという。美佐子と言っていた同じ口とは思えない。

そこからまた次の島、長島に渡り、祝島を正面に見る砂浜に上がった。とてもきれいなところだ。ガンガン後輩は漕ぎたらないと見えて、皆が昼食後に皆がのんびりしている間にも鼻操島まで往復してきていた。

No.1ビーチの佐合島までは距離が有るというのに、漕ぎ始めてホンの一時間もしたら夢のような浜が岬の向こうから見えてきた。白い砂底に明るい青緑の澄んだ海。その先には手頃な広さの綺麗に湾曲した滑らかな白砂浜。入江の両端は岩場で区切られ、全てが完璧。これより上が有るのか、瀬戸内海。恐ろしい。


そうは言いながらも、あまりに魅力的な浜だったので、ふらふらと入江に入り込み、先っちょだけ上陸しようとバウを白い砂に擦り上げた。そうしたら、ちょっと様子だけ見てみようと大先輩が舟を降りた。我も我もとみんな浜に上がって、振り返り、砂浜の見事なカーブに沿った澄んだ海を見る。

ここで十分、というより、ここでキャンプしたい。この浜がいい。いや、No.1 を目指すか... 南野陽子と北川景子と浜辺美波が入り乱れてしばらく議論したけれど、今日は南野にして明日の帰り道に No.1 の浜辺を見に行くと落ち着く。直感は大事だ。

この浜の南側にしたのは夕日が見える方角だったから。ひたひたの細波だけで波音のまったくしない瀬戸内海に「iの字」の夕日が沈むのをみんなで見てから本番。夜更けまでまた話を楽しみつつ、今日は途中でキャンプしてしまったので明日の距離が少し増える。水の補給が必要か、明日の漕ぎをみんなで考えて寝た。


5/6 長島-佐合島-峨眉山-大水無瀬島-笠戸島-古島-大東半島

今日は一番漕ぐ日。今日のうちに笠戸島まで帰っておいて、明日の昼過ぎにはのんびりと帰りの車中の予定。往路の渋滞が大変だったから、余裕を持った帰り道を計画した。

朝のうちは日差しがあって暑かったけど、次第に雲が広がってきて、道中、二、三度小雨がぱらついた。飲み水が少ない中、肌寒さを感じるくらいで淡々と漕げて逆にちょうど良い。風と波は一切ない。ひたひたの内海を帰っていく。

佐合島の期待していた浜は、潮のタイミングとお日様の加減が悪かったか、自分達が通りがかった時には遠浅感が足りてなくて魅力を十分に発揮できていなかった様子。やはりキャンプにあがるなどして時間をかけて付き合わないと、瀬戸内の魅力は味わい尽くせないみたいだ。とはいえ、自分達の勘を信じて判断したのだから悔いは一切ない。昨日の僕らを褒めてあげたい。

その後は本州沿いにタラタラと。このあたりはトンビもだいぶ飛んでいる。火振岬を目指して本州から離れ、火振岬がもう少しのところまでやってきた。すると、岬の向こうから飛沫を上げて小型のボートが回ってきたかと思うと、僕らの方に向きを変えてやってきた。まとまって待っていると、そばでボートを止めて「釣りの人か?」と聞いてくれた。ツーリングをしていて、島々を回って笠戸島に帰るところだと伝えると、ガハハと笑ってこの先は潮が 1ノットほど流れてるから気をつけてと教えてくれた。気にかけてくれてありがとう。

そういえば、舟の進みが遅かったなと思いつつ、パドルも重くなった気がする。低くなるお日様を意識しながら僕らも火振岬を回り込み、笠戸島、古島、大東半島に囲まれた湾に戻ってきた。どこがいいかとウロウロしながら大東半島にとりつき、玉砂利の浜に最後のキャンプ地を決めて今日の漕ぎを終えた。

浜で寝る生活も今日までかと、暮色のます海をみんなで見ていたら、ミサゴが一羽、ミルク色の空に黒々と飛んでいた。ミサゴもだいぶ見慣れたなと目で追っていたら、突然翼をたたんでまた伸ばしてを何度か繰り返しながら、ヒラリ、ヒラリと滑らかな海に飛びんで波紋を広げた。自然に声が上がり、じっと波紋を見ているとミサゴが水から上がり羽ばたいて飛んでいった。

そういえば、今日の道中、長島で岸沿いにポツンとたつ岩の上にミサゴの巣があった。木の枝を上手に、逆三角錐の櫓の形に組んであった。ただ飛んでいるのを見慣れただけじゃもったいない。

そうして今ツアー最後のキャンプ泊も更けていく。動画を撮る後輩は、今までまとまった距離は漕いだことがなかったのだけど、今回日を追うごとにペースが上がってきて、今日は全行程をペロリと漕いだ。ガンガン後輩は相変わらず前漕ぎに集中して貪欲だ。筋トレ後輩は水の補給が気になりながら漕いでいたようで、気がつかれたのだろうか、浜に早々と寝転んで皆の話を聞きながら眠っていた。大先輩はいつになく夜遅くまで起きていて、ちょっとウィスキーを寝酒に飲んだのを合図に、みんなテントに戻った。


5/7 大東半島 - 笠戸島

今日はほんの目の前にある笠戸島に渡って全ての漕ぎを終えて陸の生活に戻る。昨日頑張ってここまで戻ってきたので、朝はのんびりできる。朝の静かな海をみながら仕舞い支度をしてゆっくり舟を浮かべた。少し岸沿いに漕いで様子を見てから笠戸島までわたり、ウルフ号が置いてある入江まで滑り込んだ。スナメリのお迎えも、野犬の遠吠えもなく、静かなゴールだった。全編、内海の平らな海を堪能できた。帰りも石の鳥居にお礼をし、舟をあげた。


ここからは街の生活に戻るいつもの手順。お風呂に入り、マスクをつけ、ラーメンを食べ、お土産を買い、車中のお荷物になる。行きと違って順調な高速道路だったとはいえ、ハンドルを握ってくれる大先輩と動画後輩には感謝しかない。今回も最後まで安全な旅を楽しめた。

カヤックに一切の家財道具を積んでウロチョロするのはたまらない。日本にはそれを受け入れるスペースが全然残っている。カヤック楽しい。


2021年12月26日日曜日

20211226 禊サーフ

一年の集大成は、みんなで波遊びをして締めくくります。大先輩の車に集合し、馴染みのポイントに出発。現地集合組もいて、総勢7人でうねりのある海に漕ぎ出す。

ポイントまでは10分ほど漕ぐ。どこから来ているのか、三浦よりも大きなうねりに期待を膨らませながら、波遊びの場所までやってきた。SUPもサーファーも今日はいない。ここ一番の寒気で、日本海側は大雪になっているようだけど、太平洋側は気温の割には日が差せばあたたかだ。

波はとんでもなくいい。というか、選ばないと舟を壊しそう。大先輩もみんなに波を選ぶよう声をかけてから遊び出す。

初っ端は甲斐性のある先輩。それから何でもやる先輩、スリムな先輩と、順調に禊をすます。波に向かっていくときに後ろにひっくり返される。何度もロールをかます。上がったところに次の波が来ることもある。熱心な後輩はそんな中、三連続くらいロールをつなげて、たっぷりと水を浴びていた。大先輩もさすがにロールをかます。普段はロールの必要がない大先輩をひっくり返すこの波はさすがだ。


沖からココイチの波に長く乗り、岸に近づいて崩れ波を浴びながらブレースで耐え切ったらとても楽しい。耐えきれなくて泳いじゃうこともある。そうしたら、岸が近いから舟を流して追っかける。これはとても疲れる。浜に上がってずぶ濡れの体をおひさまに当てながら、呼吸を整えてまた波に漕ぎ出ていく。

陸に上がる方が寒いので、できるだけ海にいて昼飯もそこそこに波で遊ぶ。そうして日も陰ったころに、十分遊んだということにしてお開きにした。色づき始めた日差しの中、岬を一つ越えに水平線に向かってみんなで漕いでいく。そうして砂浜にみんなで無事に帰り着いた。

年末、透き通った日の光と潮をあびて、心も体もさっぱりと洗い流せた。これで気持ち良く新年を迎えられる。これからはまた日が伸びてくる。来年はどこ漕ごう。



2021年10月13日水曜日

20211013 スポンジロール

 予報は雨。でもそんなの関係ない。濡れて泳いで明日ぶデー。朝に大先輩の車に集合してサーフ遠足にレッツゴー。その車中、クラブのビルジスポンジを新調したので、ゆめゆめ無くさないようにという話になる。沈脱、とくにサーフの中で沈脱し、水を抜くなどすると、コックピットの中のものが流れ出し、気づかなかったり見失ったりでなくしやすい。その一番頭がスポンジ。そのためには沈脱を減らさなくては。

久しぶりのサーフ遠足。馴染みの六人で浜に舟を並べ、浜に打ち下ろす波をくぐってポイントにはいる。今日はサップもサーファーもおらず、ぼくらだけだった。

波の調子はちょうどよく、楽しく遊べるギリギリの大きさ。これ以上大きかったらシーカヤックだとめんどくさそうだ、という一歩手前の滑らかな波が、沖から沖から寄せてくる。昼飯もそこそこに、朝から夕方までひっきりなしに乗りまくって、今年のこれまでのストレスを追い出した。

いよいよお開きというところで巻いた波のタイミングが悪く合ってしまい前転をかます。舟が左ロール側に止まってしまったので苦手だけどそのままロール。パドルの角度がうまくあってなくて何度か失敗し、素直にロングロールでフェースの角度を確認してから上がった。スポンジなくさずにすんだ。危ない危ない。カヤックがまっすぐ立ったと言われ、大先輩が動画に撮っていたから楽しみだった。結果、ばっちり撮れていたので、切り出して拝借する。自分のカヤックが立つのは初めて見た。ほほー。

大先輩から拝借

そうしてめいめいが最後の一本を終えて浜に戻る。誰もスポンジはなくさずに終わった。めでたしめでたし。沈脱もちろんあったけど、無くさないようにと思っていると、脱った時に周りを確認するし、また、きちんとロールして脱らないようにしようと意識する面もあったと思う。

ロールの最初の肝は、セットを反射的に行えるまで反復しているかどうか、だと思う。練習でロールはしていても、不意に沈した時に「ロール or 脱」の二択を意識するようではロールはできるようになっていないんじゃないだろうか。無意識のうちに自動的にセットをし、トライする。それが失敗した時に初めて、「アゲイン or 脱」の判断が意識に上ってくる。

今まで、練習ではできても実際の場でなかなか成功しなかった後輩が、この夏の練習の成果か、ふとバンバンロールが上がるようになった。話を聞いてみると、「脱」という選択肢がだいぶ消えたと見えて、沈した時に体が自動的にセットに入ったという。キャンプツアー中に岩の陰から崩れ波をくらって沈したときも、「シュラフ濡れちゃうかな」と考えながらセットに入っていたという。そこから脱の選択肢はもう消えている。その成果はこの日も生きていて、ロールの上がりざまにまた崩れ波で沈して、で都合三回のロールをきちんと上がりきってた。それで自信がついたのか、より大きな波を待って乗れるようになり、効率的にたくさん楽しめるようになった。これで波乗りが急速に上達すると思う。


ロールの話を書いたので、実践的なロールの要点を一つ書いておこうと思う。あくまで個人的な嗜好だけど、それはあがりきった瞬間の体勢が、フォワードストロークのフィニッシュとほぼ同じになること。体は立って、パドルのパワーフェースは水面に垂直で水から抜く瞬間。そうでないと、次の波から逃げたり、岩場から離れたり、次の一歩に遅れが出る。上がったら、まるでフォワードストロークを直前までしていたかのように、そのつながりで次のフォワードに入る。そういう意味で言えば、ホワイトウォーターで CtoC がスタンダードなのはすごく納得できる。

体が極端に後ろにのけぞったり、前のデッキに前傾したりして上がってくるロールは少なくともサーフのように常に水が動いているところでは使わない。後ろにのけぞるのは、膝のかかりが悪くても上げやすいので、余裕がない時にやることはあるけど。逆に、前デッキにべったりで、パドルを低く構えて上がってくるようなロールは使い所がない。顔をあげて辺りを見回し、パドルを構えてと、どうしてもテンポが悪い。

今回の遠征では、そういう実践を左右両方やらされた。波がロールのブラッシュアップを手伝ってくれた。夏の終りのいい区切りになったと思う。


2020年10月31日土曜日

20201031 海の道を歩く

飛び石連休を使って大先輩の車で遠征。少数精鋭で三泊四日のツアーにでかける。漕ぐのは瀬戸内海のしまなみ海道のあたり。往復にそれぞれ1日ずつ必要になるけど、二日分もまるまる漕げれば御の字。

10/31

初日は移動日。ご時世的に車内はゆったりと、みんなのキャンプ道具を載せても余裕があって、後ろのハッチの窓からちゃんと後方が見えている。去年の隠岐の島なんかは天井まで荷物が積み上がって後ろの窓を隠してたなあ。

大先輩の運転でひたすら走って、尾道からしまなみ海道に入った時には歓声があがった。伯方島で明日からの食糧などを買い出しして、出艇予定の場所で夕日をみながら、みんなで明日の海を話し合って寝た。島の陰から上がった月はまん丸だ。潮流で有名な瀬戸内海、たっぷりと揉んでもらおう。


11/1

夜明け前からうきうきして目が覚める。朝の早い釣り人に混じって浜に立ち、白んでいく空を見ながら梨をひとつ食べた。一度出たらしばらくは海の上。その前に出すものを出しておきたいから、数時間前から口と胃袋を動かして、上から下に押し出してしまおう。

身支度を整えていつでも舟に乗れる状態にしてから、ちゃんとした朝ごはんを準備する。そのころには日もあがってみんなもそもそ動き出してる。

全員の準備が済んで舟と一緒に浜に並ぶ。遠足はここまでが長いけど、一人々々、海に浮かべば往路の苦労も泡になって頭の天辺からしゅわーっと抜けていく。残ったのは晴れ々れとしたみんなの笑顔。

漕ぎ出した目の前はちょっとした航路。船折瀬戸から出てくる貨物船が過ぎるのを待っていると、上げ潮で沖の方に横に横に流された。いいね。気を取り直して本格的に漕ぎ出す。まずは15km漕いで小さな島で一休み。その前に横切るぶっとい航路が要注意。来島海峡の東側にはそんな航路が束になって通っている。

航路の目印になるのは備後灘航路第1号灯浮標。それと、そのさらに先にある燧灘沖ノ瀬灯標で山だてして南に漕いでいく。潮のながれは左に左に。ただ舳先を島に向けてるだけだと当然横に横に膨らんで流されていく。風がない中で、ぼんやりとざばざばする潮の波にいつもとは違う海を感じる。ぺろっと舐めてみたら、三浦の海より塩気が少なくて甘く感じる。その奥に何か旨味もあって、ここでとれる魚は美味しいのだろうな。

航路を無事に抜けて目印の小さな島で一休み。ちょうど満潮の時間で、そばの大きい島との数百メートル隙間を潮が流れてエディラインもくっきり見える。そこに小さな渦巻がクルクル回っていた。潮は南から北に向かって流れてたようだ。どうりで休憩前、なかなかこの島が近づいてこないなと思ってた。

休憩の小さな島からはもう一時間でゴールの浜につく。ここもまた、大きい島と小さい島のペアになっていて、その間には潮流波が出てきていた。また向かいから流れてきていて、スタンディングウエィブに乗ると進みも戻りもせずに、舳先が流れを裂いて舟はそこにとまっている。渦潮に潮流波乗り。ちょっとだけ味わえた。

お目当ての島の浜に到着。舟をあげてみんなで乾杯。まだ日は高く、白い砂浜ときらきらした明るい海。その向こうには四国・今治がほんの数キロ先にある。20km漕いだのもあっという間、楽しく飲み食いして、テントに戻るのもあっという間。夜半からは雨。明日も雨の予報。臨機応変。


11/2

夜更の雨は強かった。その中の用足しもツアーの醍醐味。戻りがけに隣のテントが目に入る。筋トレ後輩のテントだ。テントの上には漕ぎ用の服一式が乗って雨にうたれている。真水で塩抜きするとは準備がいいね。まあ、もう手遅れだから、飛ばされるほど風も強くないし、無理に起こさず朝までぐっすり眠ってもらおう。

朝起きてめいめいが朝食をとり、手荷物を畳んで支度を終える。漕ぐ用の服に着替えたら、濡れてジャリジャリのテントを畳んで、雨の露天で朝ごはんを作る。山に慣れた人にはこれが珍しく映ったらしい。山だったら、濡れないようにテントの中でご飯をとるのだそうだ。

考えてみると、濡れるのにはずいぶん鈍感になっている。だから、かさばるテントは先に畳んで舟に積み込んじゃって、あとは細々とした道具でご飯をつくったら、すぐにでかけられるようにと思っちゃう。

雨の中また海に浮かぶ。寄り道しながら戻る 25km ほどの行程で伯方島に戻る。昨日と違って曇り空の下に島影も霞んでいる。昨日よりまとまって漕ぎながら、航路をわたり寄り道の四阪島を目指す。雨は降っているようだけれど気にはならず、風はぺったりとして灰色に凪いだ水面。滑るように進んでとても良いペース。

面ツルだなーと思いながら途中を見回すと 360度水平線。島陰も薄いので、海の真ん中感がさらに増す。三浦で漕ぐ時はいつも視界の半分に陸がかぶるから、ぐるり水の上の新しい景色に刺激される。帰ったら、パヤオのソロ往復にチャレンジしてみたい。

四阪島の手前で、シワのよった海が近づいてきた。面ツルとの境がくっきりとある。その上の空は少し雲が薄くて明るい。雲の切れ目は風が吹き下ろしている所と噂に聞いたなあと、強まる向かい風に舳先を突っ込んで、ほいほいと漕いだら四阪島についた。

四阪島では小さな浜を見つけて上がった。漕いでいる間は気にならなかった雨が、陸にあがると急に視界に入ってくる。木のしたに入って雨宿りをしながら、「この浜にまたくることがあるのかねー」とだべる。

また雨の中漕ぎ出して、伯方島のゴールが雨の中でもはっきり見える。雨は本降りのまま続くから、今晩の寝泊りをどうするか、相談しながら漕いでいく。結果、テントははらずにすむ場所で泊まろうと言うことになり、今後の予定が確定したところでゴールにつく。

最後の一漕ぎはいつもペースが遅くなる。浜につくと舟を車に片付けなくてはいけない。そう思うとパドルのひとかきが短くなり、ピッチも遅くなり。水を撫で回すだけでできるだけ浮いていたいと思う。そうは言いながらも、昨日から飲んだお酒が体の中に溜まっていて、陸の用事を済ませろと体がせっつく。心と体がちぐはぐになりながらバウを砂浜にすりあげて海の道をおしまいにした。


11/3

予定どおり夜明け前から車に乗り込み、渋滞にもはまらずに無事に横浜まで帰る。行きはいつもトロトロで、帰りはあっという間に感じるけれど、実際にかかった時間は同じくらい。いつものことながら免許のない僕には舟ごと全国あちこちにつれていってくれる大先輩のツアーはほんとうにありがたい。その帰りの車中、自立したカヤッカーというキーワードがでてきた。自分で行程を考えて準備をして、知らない海を漕いで無事に帰ってくる。なんてワクワクする話なんだろう。

もっと漕ぎたくなって帰ってくるいつものパターン。明日は予備日に休みをとっておいたから、三浦で少しクールダウンしにいこう。カヤックたのしい。

2020年10月22日木曜日

20201022 波が無いだなんて

月に一度のサーフ遠足。少数精鋭のメンツでいつもの浜に繰り出す。秋っぽさのない、曇りがちの年だったけど、今日の浜には高く薄日がさして、白い浜と緑がかった海で気分が上がる。

波打ち際は静かで、波が全然ないじゃん、なんて感想がちらほら漏れつつも、午後に向け潮が下がり、これから変わっていくよと大先輩のフォロー。

いつもの鳥居の横にポジショニングして、沖からの波を見張っていると、しっかりとうねりっ気はあって、先月よりもバンバン乗りやすい。

沈一号はいぶし銀の先輩。今朝一でかいやつの崩れはじめにはまり込んで一気に飲み込まれて、でもすぐに落ち着いてロールで上がる。波打ち際でそれを見ていた手広い後輩が崩れ波を横から食らって油断沈。これもロールであがる。日々の練習の成果はこういうところで出てくるね。あがってひと呼吸しているところに、房総同期が嬉しそうに、パドルタケコプターで突っ込んでくる。やべーやつがきた。ほんの数本の波の中にこれだけイベントが詰まっていて、あー、楽しい。

時間につれて波がじわじわ上がり、どんどん乗りやすく、また一本が長く乗れるようになっていく。徐々にステップアップして、練習にはもってこいの経過だ。でも、まだまだシーカヤックで楽しめる範囲で収まっている。そのうちに正午のチャイムがなり、各自の判断で昼飯をとるように大先輩から声がかかる。

大先輩と僕は、カヤックに乗ったまま波を見ながら持ってきた軽食をすます。大先輩は食べかけのおにぎりをコックピットに一度戻し、一本乗って戻ってきてまたもぐもぐしてた。

波はどんどん上がってきて、ちらほら脱も増えてくる。崩れ波がくる中で水を抜き、リエントリーロールであがり、色々なパターンを実践できた。

朝のうちは波が無いなんて言っておいて、結局は泳ぎまくって舟を上げた。うまくできたことも、疲れてくるとできなかったり、その繰り返しがまた次にくるモチベーションにつながるね。遠足楽しいー。

2020年9月10日木曜日

20200910 さ・さ・さ・さ、サーフ!

 久しぶりに大先輩の車で波遊びの遠足をする。車もあんまり詰め込まず、余裕を持った人数ででかけた。他にも二人、自前の車で現地集合。

小二時間車を走らせてお目当ての浜につくと、現地集合の二人はもう支度を済ませていてやる気が伺える。サーフ好きの先輩はサーフカヤックも持ってきていたけど、海は穏やかで出番はなさそう。普通のシーカヤックですでに浮かんでいた。

ぼくらも支度を済ませ、舟を並べて集合写真を撮った。さぁ、やりますか。

日差しはまだ強く砂浜は暑いけど、海の上で水につかればちょうどいい。波はそれなりに遅い感じだけど、これから干潮だからとの期待を込めて、移動はせずにこの浜にはりつく。だんだんど遊べる感じになってきて、一人二人の沈もでると歓声があがる。結局昼のサイレンを聞いても浜にあがらず、1時ごろになってバラバラと浜に上がり、てんでの昼ごはんが始まる。練習熱心な後輩が、家で作ったきゅうりの浅漬けを振る舞ってくれた。暑い日差しの中での昼ごはん中にすっと体を冷やしてくれた。ありがとう。


昼ごはんをすぎて波がちょっと良くなってきた。のんびりした感じだけど、しっかりと長く遊べて、サーフ好きの先輩と一緒に何度も砂浜に打ち上がった。その引き波にうまく乗って、取り残されることなく海に戻れると楽しい。

ここ一いい波にはみんな一斉にのる。一度に5人は乗ってた波もあったと思う。マルチ乗り楽しい。遊び好きの先輩は、ちょっと舟の勢いが落ちてくると二、三度グイと漕ぎ、その先で波の勢いが盛り返すところにスピードを合わせて長く乗る。いぶし銀のテクニックだ。

ひっきりなしに遊んでいたら、水平線のもくもく雲の輪郭がぼやけ始め、真上の空も灰色に変わったかと思うと、雨と風がざっと入る。雨粒が叩いた水面の細かい模様もぼやけ、その中で波に乗るとスピード感がます。前漕ぎ道場主の後輩は、このぼやけた中でセルフレスキューを練習し、馬乗りとリエントリーをやっているのが何かの映画みたいだった。

そのうちのその雨もやみ、だいぶ日が落ちたところでおしまいにして、みんなで舟をあげた。朝から1日この浜から動かず、でもあっという間だった。強烈な波ではなかったけど、久しぶりにみんなでサーフできたのが楽しい。帰りには、大先輩の車組で灰干しサバの定食を食べて遠足を満喫して帰った。

ここのところ、毎月波遊びの遠足を入れてくれている。来月も是非参加したい。

2020年2月11日火曜日

20200211 アーバンホワイトウォーター

前回に続いて都会を漕ぐ。前回は東京の運河、今度は横浜。スカイツリー周辺を漕いだときには、メンツの中に大島が地元の人がいて、高速道路下の公園の近くを通るおりには、その公園で子供の頃によく遊んだ話などを聞いた。

今回は横浜なので僕が地元のドヤ顔の番だ。子供の頃はまだ臨港パークも無く、日本丸がだだっ広い空き地の先に浮いていた。子供向けのボランティアプログラムに日本丸の清掃を行う活動があり、それで日本丸に初めて乗った記憶がある。真鍮の手すりやドアノブをピカールで磨き、2つに割った椰子の実の断面でデッキの木をこすった。

気持ちの中に船との関わりが生まれた最初のことだったと思う。それ以降、新聞の「今日の入船出船」という欄が気になったり、大晦日に聞こえてくる船の汽笛が嬉しかったり、港の持つ雰囲気が良い印象として残るようになった。

それから随分たって、今日はまがりなりにも小舟の船長さん。大岡川から出てほんの少し浮き、汽車道越しに日本丸の帆桁とランドマークを見てアーバンカヤッキングを楽しんだ。

とはいえ、今日はここがゴールではない。ここからが出発で、大岡川と堀割川を漕ぎ継いで磯子から東京湾に出たら南に進んで八景島の海の公園まで漕ぐ。北風がずっとあるから追い風だけど、それはつまり東京湾特有の風浪とその返し波のロデオ漕ぎとなる。

そんな予想を抱えながらも、まずは大岡川を滑らかに漕いでゆく。桜の時期とは違い水路はガラガラ。地元の SUP 二人とすれ違ったくらいだ。桜木町から蒔田公園までの街並みを眺めながら、あそこの公園ではアブデカが撮影してたなとか、同級生がバイトしてた映画館はまだやってるのかなとか、ばらばらな記憶をあちこち飛びながら小舟を進めていった。

蒔田公園を左に曲がり、高速の下からはいでてきた堀割川はとたんに景色が開けて明るくなる。夏のプールを思い出す磯子のイメージ。堀割川沿いの国道16号も同じ。暑い日差しの下自転車で走ったのを思い出す。広い国道を嫌って対岸の狭いほうを走ったこともよくあった。その取っ付きの神社が八幡橋八幡というどちらが元なのかわからない名前だと初めて知った。

ここまでは運河特有の滑らかなアーバンカヤッキング。前回の東京運河も同じ。しかし、横浜のアーバンはここからが違う。北東からの風浪を工業地帯の岸壁が打ち返し、いかつい三角波がつねにある。磯子の海釣り公園を離れ、反対側のベイサイドマリーナの堤防に向かって漕ぎ始めると、三角波がぐんぐん育ちだす。

波頭が崩れ、上下に揺すられながら楽しげに声をあげながら漕いでいく。大した風でもないのだけど、デッキは浪をかぶり、スプレースカートがびしょびしょになる。これはアーバンホワイトウォーターと呼んでいいと思う。楽しい。

運河の静謐とは正反対の躍動。これを同時に味わえるのが横浜運河の楽しいところ。ホイホイと進み、幸浦の角を右に曲がったら波が途端に消えた。うねりじゃないから水の動きは実際には少ないんだろう。

その先の小さい運河を入り込んだ公園には硬い砂地の干潟があって、そこで昼ごはん。舟の支度をしているときに公園の管理人のような人がやってきて声をかけてくれた。なんでも、以前はボート屋があったけど今はなくって、代わりに SUP が来てくれればと出しやすいように少し整備したのだけど、なかなか思うようには人が来てくれないんだそうだ。カヤックにとても使いやすいです、ありがとうと伝えて午後のロデオに出発。

ここまできたらゴールの八景島は目と鼻の先。SUMITOMO と書かれた門型のクレーンはすでに向こうに見えている。この頃はもう風と同時に風浪もだんだんと弱まってきた。まったりと漕いで、まだ日の高いうちにゴールできた。

大先輩が車をとりに戻っている間、房総同期と道場主は湾内をもう一漕ぎ、スカリングやロールをして最後まで水に遊んでいるの見ながら舟を片付け、最後には有志で八景島のかき小屋で軽くいただいて帰った。

ここのところツアーが続いたけど、ちょっとソロで距離も出したい。来週は天気がどうだろうか。久しぶりにきれいな潮を浴びたい。

2020年1月30日木曜日

20200126 アーバンカヤッキング

今日はクラブのみんなで都会の水路を漕ぐ。都心でカヤックといえばスカイツリーが定番のようで、それはもちろん漕ぎたい。朝ちょっとぱらつくけど、風もなく、午後に向かって天気は上り坂。それに期待して、冷たい雨の中、集合場所の東大島駅まででかける。

待ち合わせの駐車場につくと、もう大先輩の車がカヤックを積んで待っていた。同じようにしてパラパラとみんなが集まり、総勢六人。橋の下のスペースで雨を避けながら着替えをして、舟も全部準備万端。

今日の行程をブリーフィングしたら、みんなで早速浮かぶ。近くの荒川ロックゲートを抜けて荒川を下り、若洲までは行かずに手前で運河に入ったら豊洲まで抜けていく。その後はその時の気分で戻る、そういう感じ。

よし、閘門を抜けるぞと勇んで漕ぎ始める。荒川ロックゲートは目と鼻の先。ものの数分で近づいていくと、ゲートは3月まで通行禁止の表示に気づく。はじめの一歩がすでに臨機応変。みんなでガヤガヤしながら、そのまま水路を西に進んで扇橋閘門を抜けることにした。平らな水面を淡々と前漕ぎしていく。


扇橋閘門はやっていた。閘門にかけられた「止めるぞ高潮。守るぞ都民」の標語にまたガヤガヤしながら、2m の水位を上がって東京湾と直接つながった側に進んでいく。水のエレベータに持ち上げられている間、「井戸水の組み上げとガスの採掘をやめてからは地盤沈下が止まっている」というアナウンスを聞いて昔の工事に思いが飛ぶ。ガスの採掘なんて思いもしなかったから、帰って調べたら「南関東ガス田」なんてものが、東京湾の一番奥に広がってると知った。


門を抜けて水路を右に左に折れ曲がりながら南を目指す。広くなったなあと思ったら豊洲についていた。豊洲の水路を進む時は、それなりにITに詳しい人たちが、そこここのデータセンターの場所を指さしながら、普通の人たちは、オリンピック会場や豊洲市場の建物をさしながら、ガヤガヤと物見遊山の会話がはずむ。


豊洲市場を過ぎると目の前にレインボーブリッジまでの水面が開ける。竹芝・浜離宮を目指して埠頭沿いに漕いでいると、竹芝桟橋の前あたりで赤い船がマーライオンのように水を吐きだしてた。遠目に笑いながら漕いでいたら、おおきな消防庁の船がよってきて、このさき海面に油が流出しているため、その処理作業のために放水をした船がいっぱいいるのだそうだ。「そのへんを考慮してください」と声をかけられたので注意深く岸壁沿いに進んだあと浜離宮に渡ってほっとした。


すこし休んだ後に隅田川をのぼりだす。やっぱり勝鬨橋はくぐってみたい。ときおりくる水上バスや屋形船の引き波に乗りながら、すいすい登って橋をくぐり、また水路に入って扇橋閘門に戻った。


一度平らな水面に戻ると、みんな黙々と前漕ぎに精がでる。ストロークを丹念に感じながらさかさか漕いだらあっというまにスカイツリーについてしまった。歩道の親子と会話をしながらお菓子を食べ、ちょっとしたハプニングも楽しみつつ休憩をした。ここで船を上げられたらどんなにいいかと願望が漏れる。

体が濡れて寒くなってきた。ここからはどんどん漕いで帰りましょうということで、狭い水路を六艇で漕ぎ抜けてまたもとの場所に戻ってきた。GPS によると 28km 漕いだそうだけど、基本静水だったから距離ほどは疲れなかったねーと感想を交わしながら舟を大先輩の車に片付けたら解散。ほとんどが電車組なので反省会をしながら楽しく帰った。







2019年9月14日土曜日

20190914-16 輪島ツアー

父親の弟、つまり叔父さんが隣の家に住んでいて、子供の時分にとても良くしてもらった。叔父さんはそのうち引っ越してその家ももうないのだけど、隣に居た頃には、子供の僕を逗子や三浦の浜に海水浴に連れて行ってくれた。叔父さんは海で遊ぶのが好きだった。

叔父さんの奥さんは輪島近くの生まれの人で、里帰りがあれば叔父さんはついていった。暑い時期であれば叔父さんは喜んで輪島の澄んだ海を泳いだ。黒い砂の舞い上がる三浦の波打ち際と比べて、輪島の海の透き通ったことを思い出しては、僕に話してくれた。

その記憶がずっと残っていて、輪島の海を機会があれば漕いでみたいと思っていた。それがクラブのツアーで輪島に行くというので、何とか縁をつないで参加できることになった。

初日:

真夜中に集合場所に集まり、大先輩の車に七人が乗り込む。土曜になった瞬間がツアーの始まり。一旦高速道路に乗ったら、富山あたりまでは高速でズバッと走り通す。今回はメンバーに恵まれて、大先輩も運転を代わりながら休めた様子。いつもありがとうございます。

日が明けた頃、とうとう日本海が見える。海が見えると車内も活気づく。能登半島の根元を通って半島の西側の海岸を北上。その途中で大先輩が高速を降りた。あれ、と思ったら、海岸間際まで来て砂浜に車が降りていく。大先輩は千里浜ドライブウェイに寄り道したかったようだ。明るい色の砂浜は硬く締まり、うねりはありながらも滑らか。その上をカヤックを積んだ車がポンポン跳ねながら進んでいく。屋根の上のカヤックを見て振り向く人も多い。でもまだここでは漕がないのです。

もう一度山の中に入って海に降りたら輪島。ついたー。車をおりて、ちょっと遅い時間の朝市を歩く。道行く売り子の人たちからは関西めいた言葉が聞こえてきて、自分の言葉の味気なさを思う。

朝市の中で遅い朝ごはんを食べに入ったら、「つるも」という透明な海藻が入った味噌汁がうまかった。フカヒレスープに勝ったね。近所のスーパーで買い出しをすませて袖ヶ浦のキャンプ場に到着。いや、長かった。

鉄道の路線図などを見ても、能登の上半分は全然電車が来ていない。輪島にも昔は駅があったが廃線となって、バス停に「輪島駅前」の名前が残るだけ。山奥はともかく、海に面していれば近くに鉄道が通っているかと思っていた。伊豆半島の西側もそうだけど、半島の先は陸の孤島になりやすいのだな。海から漕いでこれるとは思っても、近くまで車で行けないと時間がかかる。なかなか手強いぞ、輪島。叔父さんの頃には電車がまだあったのだろうか。親戚が車で迎えに来てくれてたのかな。

キャンプ場で自分たちの居場所をおさえたら今日から二泊、この場所にお世話になる。舟を6艇、波打ち際に下ろして並べ、身支度を終えると正午を過ぎた。いよいよ輪島の海を漕ぐ。


初日はそんなに漕がない。輪島港から河原田川に入って街中を少し遡るとすぐに浅くなりそこで引き換えした。途中、市役所の前で舟を上げ昼休み。ちょうどスーパーの看板が見えたので、地物の魚介類を大先輩が買い出しに行く。最初のスーパーでは見つからなくて心残りだったのだろう。それは立派なサザエを6つとバイ貝をひとつ、それからホウボウの刺し身とアラを買って嬉しそうに帰ってきた。サザエの数が足りないのでスーパーの人に交渉したそうだけど、向こうも無い袖は振れなかったろう。大先輩と二人のしょんぼりとした話しぶりがが目に浮かぶ。


買い物がおわりまた舟上に戻ると、川から海に出てキャンプ地まで帰った。カヤックをママチャリ代わりに使うのは楽しいし、好きだ。

地の物も手に入り、さっぱりと着替えて、大先輩のダッチオーブンを囲んで話し込みながら夕ご飯をゆっくり過ごす。明るかった空を岬の向こうに沈む夕日が二色に変え、その境目をみんなで探した。みんなが違うところを指差し、それでいいんだと納得した。濃く赤い空明かりの最後の一筋に照らされて、もう暗い海を他のキャンプ客の誰かがまだ泳いでいた。それぞれの時間で海を過ごす風景のその一部である僕ら。隠岐のときとは違って、一緒にその風景を作っているように思えたのは不思議だ。

明日は朝から起きて一日カヤックを漕ぐ。自然と話にも区切りがついて誰となく荷物を畳だし、テントに戻ってぐっすりと寝た。


二日目:

今日はどこまで行こう。昨日は浜を出て東にいたので、今日は西に行きます、それがカヤッカーです、と大先輩が言うので、片道で門前まで漕ぎ通すことにした。27km くらいか。

昨晩に浜に流れていた漁協の風予報どおり軽い向かい風、うねりは無く、つるんとした水は清く澄んで、相当な深さでも見通せる。これが叔父さんの言っていた輪島の海か。宝石はきっと水になりたかったんだと思う。光を溜め込み、投げ返す透明な質量。少しのゆらぎで色は変わり、その遊びはとどまらない。振り返ってみると、漕いでいる間は近くの水面ばっかりを見て、その揺れる色をずっと見ていた気がする。


ときおり海女さんの近くを通った。海女さんはあちらこちらにいた。たまにこちらに手を振ってくれる海女さんもいた。大きな赤い軍手のような手袋をヒラヒラさせながら、浮き輪につかまっていた。水面に戻ってきた海女さんは独特な音をさせて息をしている。どこか海棲動物の鳴き声のようで、もの哀しい。

ちょうど真ん中くらいの行程でお昼にした。小石の浜で、両脇の山を削った沢が真ん中に流れ込んでいる。キャンプ地として最高の場所として記憶した。少し長めの休憩をとり、全員がしっかり体を休めたら門前に向けて出発。


9月とはいえまだまだ日中は暑い。大先輩はスプレーを外し緊急冷却しながら漕いでいる。ウェットスーツを着てきた後輩はさすがにぼーっとしてきて、沈して体を冷やす。それがいいと思います。

そうして暑い昼下がりに門前の広い砂浜に到着し舟を上げた。みんなで完漕のハイタッチをしてねぎらう。本当だったら一泊1.5日で門前-輪島のつもりが、海況が良かったから一日で漕いでしまった。それがこのクラブらしい。大先輩の口癖は「もうちょっと先まで行ってみましょうか」。空荷のカヤックとはいえ、まだクラブに入ったばっかりの後輩二人は良く漕いだと思う。ただまっすぐ漕ぐのではなく、しょっちゅう岩の間を曲がったり、止まったり動いたりロックガーデンを楽しみながらだから距離でみるより疲れたはずだ。だからハイタッチの主役はその後輩たちだった。


大先輩が車を取りに行っている間浜で過ごしていると、地元の軽トラがやってきて道路脇に上げたカヤックのそばで止めた。邪魔かなと思って声をかけると、平気だという意味で運転席のおじさんが両手を上げて大きく丸を作ってくれた。すると車を降りてきて空の土嚢を砂の上に放り出し、ちりとりで一つ一つ砂を詰めだした。

畑にイノシシ避けのシートを上からかけて、それを押さえるのに使うのだという。以前は居なかったのに、どこから泳いできたのかだいぶ増えて、畑の厄介者なんだそうだ。そう話ながらおじさんは砂を入れて手際よく袋を縛っていく。できあがった土嚢は僕が軽トラまで運ばせてもらった。大先輩の車が戻る前に作業が終わって欲しいという打算もあるけど、話のお礼の気持ちもある。120%の後輩も加わって、二人で交互に砂袋を運ぶ。地元のおじさんは砂を詰めながら、門前の昔話をした。「500人いれば400人は船乗りになって街を出ていく。3人子供がいればその家は栄えると言われた。自分も外洋航路の船乗りで、辞める年になったから戻って農業を暇つぶしにやってるんだ。」

十もの袋ができあがると、おじさんは軽トラを出して帰っていった。僕らも小さいながらも船乗りといえるのか。そういう気概はもって海に出たい。船乗りの街、門前で海の先輩から偶然話を聞けて良かった。

そのうち大先輩が車で戻ってきて、舟と人を積み込んでキャンプ地に戻った。この舟はもう帰るまで積みっぱなしで、明日は漕がない。これで輪島の漕ぎは終わった。あの海の上にふたたび訪うその時まで、あの透き通った時間はおあずけ。

キャンプ地に帰ると日が沈むぎりぎり。途中スーパーに寄って買った地の小鯛を蒸してつまみながら昨日よりも遅くまで飲んで寝た。


最終日:

帰りの朝は早い。荷物を片付けて車に乗り込み、出発したのが6時ほど。行きとは違うルートでアルプスのど真ん中、白骨温泉に立ち寄りさっぱりしたら、近くのそば屋でツヤツヤに透き通った綺麗な蕎麦を食べて、松本から中央高速で帰った。そば屋では大先輩は何故かカレーを頼み、「結構辛いよ」と美味しそうに食べてた。帰りの車中では、みんなの面白い音楽セレクションにあわせて120%後輩の思い出が掛け流しに溢れ、とめどなく笑って帰った。

おじさんが好きだった海を漕げて良かった。輪島の名前を聞けば、いつもその思い出とリンクしてたけど、今回カヤックの流れでその海までこれて、聞いただけじゃなく、僕も見たと言えるようになってとても嬉しい。


2019年8月19日月曜日

20190819 下田のイルカ

日曜から2泊3日で下田に家族で遊びに来ている。なか日の月曜。まるまる自由になる一日をどう過ごそうか考えて、下田の水族館でイルカとカヤックするのいいんじゃない?と予約しておいた。うみがめカヤックスさんの「いるかとさんぽ」というツアー。

料金には水族館の中を回る入場料も含まれているから、早くに水族館について中をみて回る。美味しそうな魚がいて、今晩は地金目の寿司でも食べようねと相談する。コツメカワウソ、ウミガメ、かわいい。動物がどれも近くていい。

集合時間になったので、イルカの入江を見渡すデッキに集まり、説明を受けて支度をする。舟はシットオンのタンデム。クロックスはだめでマリンシューズを貸してくれる。防水バッグを持っていたけど、それも持ち込めず。落としたらイルカが食べちゃうからかな。なんにしろ、イルカの住んでいる入江だから、イルカの安全への配慮に申し分なし。日焼け止めも塗っていい場所に指示がある。素直にガイドさんにしたがって水の上に浮かぶ。

イルカはすぐに近くによってきて水面から目を出し、じっとこちらを見ている。興味を持ってくれているしるしで、明るい声を出して手を振ってあげると、こちらの気持ちも伝わるそうだ。

イルカが潜ればキョロキョロして、顔を出せばそちらに向かって漕ぎ、それを繰り返して追いかけっこを楽しむ。一緒の舟の息子と合わせて漕ぐとグンと船足がのび、小さな入江ではせせこましい。かみさんはガイドさんと一緒の舟で完全にお客さん。

小一時間してイルカショーの時間になり、一緒にいたイルカがステージのトレーナーのそばに泳いでいった。ショーが進んでいくのを遠巻きにカヤックから見る。

三匹いたイルカのうち二匹は聞き分けがよく、トレーナーの指示にしたがっていろんな芸を見せているが、残る一匹は機嫌が良くないのか指示に従わず、潜っては顔を出しを繰り返していた。そのうちに長く潜ったかと思うと、ショーを見ているかみさんのカヤックの下を通り抜けて離れたところまで行ってしまった。

ショーの進行をするアナウンスが「他に興味のあるものをみつけちゃったかなー」とフォローをしていたが、アドリブも大変そうだ。それでもトレーナの根気で最後は三匹のイルカが一緒に大ジャンプを見せてショーは盛り上がって終わった。それでツアーも終わり。岸に舟をあげてガイドさんにお礼をしておしまい。

ガイドさんがイルカと漕ぐときのコツを教えてくれた。それは下手くそに漕ぐこと。できるだけ水面を叩くように、水しぶきを上げるように漕いだほうがイルカは遊んでると思ってよってきてくれるそうだ。普通にきれいに漕ぐと、静かに進むだけで、イルカからしたらつまんないようだ。

そんな話を色々教えてもらい、ちょっと違う切り口のカヤックツアーを楽しんだ。

2019年8月8日木曜日

20190808 もういっちょサンディエゴ

やっぱりシットオンじゃ物足りないなあと思っていて、ネットをポチポチ検索していたら、ちゃんとしたシーカヤックを貸してくれるところを見つける。浮足立って、午後に時間に余裕がある日をみつくろって、路面電車とバスを乗り継いで出かける。

行きの路面電車、ホテルから数分のところに駅があるのだけれど、運行間隔が15分ほど。一本逃すと都会の電車になれた人には待ち時間がつらい。それにカヤックを漕げる時間も減るし。

なのに、駅に渡る道路の信号待ちをしていると、遠くからすっとろい電車が走ってくるのが見える。近くの踏切も音を鳴らしており始める。気が焦って、信号が青になった瞬間走り出し、閉まり始めるドアにホームから飛び乗った。

何駅か乗って降りて次はバスに乗り換える。バスの運賃は 2.5ドルで前乗りタイプ。注意しなきゃなのは、運賃箱にお札をいれてもお釣りが出ないこと。だから、1ドル札を三枚いれても、お釣りがこない。

運転手さんのパターンは三通り、2ドルでいいよと言ってくれるか、お釣り出ないけどそれでもよければ 3ドル入れてと言うか、何も言わずに 3ドル入れさせるか。もしかしたら、前の人が3ドル払ったら、次の人が2ドルになったりしてるのかもしれない。

番外編で、日本のつもりでドル札を 3枚重ねていれると 1枚としか反応してくれない。それで運転手と問答になったことが昔ある。時間がかかるけど、一枚ずつ入れるのが安全。

目的のマリーナ近くのバス停で降りて、マリーナをずっと回り込んで、目当ての Aqua Adventures まで歩いていく。


店に入って店員さんにシーカヤック借りたいと伝え、ポンツーンに案内してもらう。どれがいいと言われるので、ラダーのないやつならなんでもいいやと選ぶ。メーカーは知らず。


スカート、PFD、パドルを受け取って支度をして水に浮かぶ。スカリングドローでポンツーンから離れようとすると、店員さんがちょっと顔を変えた。この店でシーカヤックを借りるには、陸上か海の上で店員さんにセルフレスキューできるのを見せる必要がある。なので、ポンツーンからちょっと離れて一発回って店員さんとにっこり。

それでマリーナから一人で漕ぎ出した。やっぱりシーカヤックはいい。リーンして小気味よく動くし、何より一体感があって水が近い。上機嫌で小一時間漕いでポンツーンに帰ってきて一度舟を返した。

この日は、6時から夕方パドリングイベントが有志向けにやっている。このお店の常連がボランティアではじめての人たちに安くガイドツアーをやっている形だ。ソロの他にそれにも参加して、安く夜まで日の入りまで漕げる塩梅。


一旦舟は返してしまったので、もう一度リーダと話して舟を決める。シーカヤック乗るというと、初見のやつに乗せるわけ無いだろうという態度が見えたけど、レスキューしなくても平気だなと念を押して結局はシーカヤックを選ばせてくれた。

ところが今度はスカートを借りるのにひと悶着する。以前、バリバリ漕げるぜ、という人が来て乗せたら、ポンツーンですぐに沈して挙げ句にスカートが外せずに大変だったんだそうだ。

さっきロールしてみせた店員はもういないし、ボランティアのリーダの意見を尊重してスカートなしで水に浮かぶ。安全第一。知らないやつの言葉を鵜呑みにしちゃいけない。

舟を回すときにリーンを深くする癖があるので、水を掬わないように気をつけよう。そう思いながら、先に浮かんでいる人とポンツーンの周りをちょろっと漕いで戻ってきたらリーダが寄ってきて、スカートつけてもいいと声をかけてくれた。さっきの店員さんが僕のことを話してくれたとのこと。スカートをちゃんとつけてこれでなんとか落ち着いた。

総勢はシーカヤック3艇、シットオンシングル3艇、シットオンタンデム1艇、SUP 2枚で日が低くなり始めたマリーナから湾に漕ぎ出す。30分程湾内を漕いで2つの橋をくぐり、適当な浜に上がって一休み。

タンデムに乗っていた家族連れが水際で遊んでいると、「エイがいるから気をつけろ、歩くなら足を砂に擦りながら後ろ向きに歩け」とリーダが声をかけてた。底は広く砂になってるからいるんだなあ。海の中は見えないから怖いぜ。

また海の上に戻って帰り道。お日様が低くなり空が色づく中を漕いで変える。マリーナに入る頃には色がだいぶ出ていた。


マリーナのブイやポンツーンには所々アザラシが乗って寝ている。全然動かないから最初は気づかなかった。湾を漕いでいる時に一頭泳いでいるのが見えたので、それでやっとブイの上のアザラシに気づいたくらい。普段いるなんて思っているから気づかない。サザエやアワビを観察するときと同じだな。


帰り道に何発か回って潮を感じる。気持ちいい。それで戻って舟を上げ、リーダーにお礼を言って別れ、着替えをさせえもらおうとお店に戻ったら入り口がしまっている。中は真っ暗。もう八時ちかいから当然といえば当然だけど、シャワーとは言わないまでも、着替える場所くらいは貸してもらえると思い込んでいた。

暗くなった植え込みの脇で、それでも監視カメラには録画されているんだろうなと思いながら、こそこそと着替えてさっぱりした。もう日は落ちきって道もくらい。潮を浴びたままだけど空気は乾いているのですごくさっぱりした気分。夜道をのんびり歩いてまたバスと電車を乗り継いで帰った。明日は飛行機で帰る。週末は台風でどうか楽しみだ。



2019年8月4日日曜日

20190804 サンディエゴ・コロナド

サンディエゴで一週間ほど過ごす事になって、4日の夕方になってホテルについた。時差ボケを解消するのに一番いいのは、軽い運動だと思ってる。向こうの昼の時間に体を動かして、それで夜はぐっすり眠る。

軽い運動といえばカヤックだから、ホテルの近くにいい場所はないかと探すと、ホテル近くからフェリーで5分、サンディエゴ湾を渡ったコロナドというところでシットオントップカヤックのレンタルを見つけた。

ネットでは17時に閉店と書いてあって気が焦る。さっさとホテルの部屋で荷降ろしして、持ってきてあった防水バッグに必要なものを詰めてフェリー乗り場まで15分程を歩く。フェリーが来て、サンディエゴ湾をあっという間に渡る。フェリーには自転車を乗っけてもいい。往復で10ドル払う。乗るときに、切符をチェックする人に切れ目を入れられる。これで一回乗ったことになる。帰りは、切れ目の入った切符を回収されるのだろう。

コロナド側についたら、Bike and Kayak Tours というレンタルのところまでは歩いてすぐ。聞いたら、六時過ぎまで乗せてくれるという。ラッキー。パドルとPFDを借り、カヤックがおいてある浜まで歩いていくと、店員がシングルカヤックを水際まで準備してくれた。それにのって水に浮かぶ。やったね。

サンディエゴ湾は細長くて、北に向かって入ったかと思うとすぐに東に曲がり、反転して南まで長く入り込む、J の字を逆さまにしたナマコみたいな形。その真中くらいにいるので太平洋のうねりは何もない。ただ曳き波が時折起こす。舟の行き来はとても多く、仕事の舟、観光船、個人の舟などが目の前をひっきりなしにすぎる。

だから、カヤックは航路には行かない。赤いブイが点々とあるのが目印で、それより沖には行かないように言われる。それより岸側にいれば、どこまで漕いでも良いそうだ。ただ、北にいくと米軍の基地があるので、湾の奥、南の方向に進む。

サンディエゴ湾には一本、コロナド橋という青い橋がかかっている。そこを最初の目印に漕いだ。


他にもはしけがあり、だいたい木でできていてそれをくぐって遊ぶ。


曳き波を待って波乗りしようと思ったけど、全然だめだった。残念だ。サンディエゴの緯度は N33 度弱。日本で言えば佐賀あたり。なのに気温は全然低い。夏でも30度行かないのがほとんど。日差しは照りつける感じはあるけど、空気は乾いて風が吹けば涼しい。

カヤックをしていても、雫がどんどん乾いていく。湾の中だから太平洋の生の潮ではないかもしれないけど、水もすこし冷たい気がする。漕ぐのにちょうどよい。


そうして小一時間、大きな油壷湾を漕いでもとの浜に戻ってきた。六時というのにまだ明るい。期間中また機会があればぜひ漕ぎたいけど、できればちゃんとしたシーカヤックがいいなあ。

2019年4月27日土曜日

20190427-30 隠岐ツアー

GW まるまる、クラブのみんなで隠岐の島を漕ぐ。前半は島前、後半は島後。どちらもの欲張りは言えず、僕は前半戦のみ参加。みんなが島前から島後にうつるフェリーにそのまま乗って本土に戻る予定。

土曜・往路

金曜に仕事を終えたら支度をすませた荷物を背負って横浜駅で集合する。真夜中きっかりに大先輩の車に総勢7人が集まる。挨拶もそこそこに浮足立って出発。横浜から夜通し走る。クラブの遠征はいつもそんな感じだ。早い昼飯時には鳥取・境港について、午後二時過ぎのフェリーに乗って西之島の別府港に渡る予定。道中の車内は寝る人、寝ない人、入り乱れて楽しい。ほとんどを運転していた大先輩はそうも言えないかもしれないけれど。

境港で食料を買い出し、フェリーに乗る。外海を往く舟に乗るのは初めて。この日は北風が強い。おおかた揺れるだろう。たった二時間ちょいとはいえ、舟に酔うかもしれない。大先輩が酔い止めを準備してくれているのだけど、それを飲んだらお酒が飲めない。横ではちっこい後輩がケロッとして、人混みのざこ寝場に場所をみつけてストレッチをしてる。後輩は長期ツアーによく参加していて、壱岐を回ったり、天塩川をくだったり、フェリーは何度も乗ってる。ひきかえこっちは、それなりに年をくってはいても初めてのことだから、口には出さずにドキドキしてる。気が張ってるから眠くはないけど、自分が寝不足なのは間違いない。大事を取って薬も酒も飲まず、動き出した景色を様子見する。一緒にビールを買っていたおおらかな先輩には不義理をした。この先輩もツアー常連。

フェリーは境港をでて美保関を回り込む。島根半島の東端を過ぎれば日本海の外海。飛ぶうさぎが見え、フェリーも揺れだす。デッキに出て美保関の灯台を横目に波を見る。カヤックでも漕げるだろうか。遠くをみながらぶらぶらして、しばらくしたら隠岐の島々が見えてきた。見えたと思ったらあっという間、知夫里島と中ノ島の間を抜けて西ノ島に到着。別府港で舟を降りたら耳浦のキャンプ場までちょろっと走ってやっと着いた!これから3泊の前半戦はここ耳浦がベース。よろしくね。


時刻は午後6時前。西の方だから日没が遅くまだ明るい。テントやタープなど、居場所の確保もそこそこに、食事の支度を始める。境港の買い出しで、大先輩がたっぷり貝を買ってくれていた。白バイ貝・本バイ貝・サザエをたっぷりとダッチオーブンに放り込んで蒸して食べる。うまい。鍋には味のでた蒸し汁がたっぷり残った。真面目な後輩がソーメンを買ってあったので、蒸し汁に水を足してソーメンを茹でる。この後輩とレジェンド先輩はなんだかソーメン推し。その推しどおり、ソーメンがうまい。賑やかに食べて飲んで、暗くなったらすぐ寝た。北からのうねりがキャンプ場の浜にダッパン、ドオーンと大きい音を立ててるけど寝不足の勢いで全く気にならない。起きたらいよいよカヤックを漕ぐぞ。


日曜・国賀海岸

朝露ってすごいね。いつでも水が補給できるね。明るくなったら待ちきれずに起き出す。真面目な後輩のテントが僕のテントから少し離れた所に移動してる。あとで聞いたら、僕のイビキがうるさくて夜中に場所を動かしたんだそうだ。あー、ごめん。ともあれ、さっさと自分の朝ごはんを作る。大先輩はタープの下でシュラフにくるまってまだ寝ている。レジェンド先輩と古株の後輩はそれに遠慮してか、タープの外で離れてお店を広げる。けどちっこい後輩は、大先輩の鼻先で朝ごはんを作り出す。長期ツアーを繰り返し、もう家族との言われようは伊達じゃないなと感心し、ちっこい後輩に並んでご飯を作り出したら大先輩が起きた。

朝の身の回りのことを済ませたらいよいよカヤックを下ろして浜に並べる。漕ぐまで長かったあ。



出発したらそこはいつもの海。三浦で身についたことは裏切らない。風は落ち着いているけれど、昨日のフェリーを揺らした北からのうねりは弱まりながらも残っている。ちょうど楽しいくらい。

耳浦の入江を北に出たら、西の国賀神社まで12km程を漕ぐ。切り立った崖と透き通った海の間を粛々と進んでいく。ただただ楽しい、嬉しい。国賀海岸のハイライトは摩天崖という崖で、海面から257m切り立った崖になってる。あれ?と思って調べてみたら、アイルランドのモハーの断崖が高くて214m。あれ?モハーを漕いでみたいと思ってたけど、摩天崖より低いの? 隠岐すげー!


 上を見ながら漕いで摩天崖を通り過ぎ、国賀神社のある浜に上がる。東屋があったのでそこでみんなで昼ごはんを食べる。
国賀神社の浜からなだらかな芝生を登れば通天橋が下に見える
通天橋
一番尖ってるやつが観音岩
僕は田中美佐子が好きで、彼女はこの島の出身。子供の頃、島の崖の上に立って海を見て、私は将来この島で夫が漁から帰る船を待って、こうして海を見るんだ、と思ったそうだ。何かの番組でそう話していた。同じ崖から海をみても、季節が変われば天と地だろう。島での生活は生半可では行かないな。

お昼が終わったらまた来た道を帰る。通天橋をくぐって出ていき、国賀海岸を東に東に。


来る時は船越あたりををすっ飛ばして沖をまっすぐ行ったけど、帰りは岸によって漕いだ。自然と船越の街に寄って行き、船引運河を通って西之島の南側に出て一休み。落ち着いた家なみにほっとする。漁船ものんびりしてる気がする。



船引運河をまた戻ったら外浜のあたりの砂底がとても気持ちがいい。雲も随分薄くなり、空と海の青、草の緑、岩壁の灰茶色、それぞれが目の栄養になる。


このあたりから向かい風が強まりパドルが重かった。じりじりと前に出てキャンプ地に戻る。ちっこい後輩は「疲れたぁー」と声を張った。お疲れ様。またタープの下に戻って明るいうちから飲んで寝た。

月曜・東国賀海岸

朝から雲が低く、昼過ぎからは雨が降る予報。この雨は夜通し強まって降り続く。朝早くから起き出して海を見に行く。ここの所波はどんどん落ちて、シャラン、パシャンと、空も海もどんより眠たげだ。

今日の予定は、西之島の東の端っこ、冠島にタッチしてこようというもの。耳浦を今度は右に出ていきながら、今日は洞窟、岩場を一つずつ丁寧に潰す。国賀海岸は断崖が続いて勇壮だけど、上を向いて漕ぐばかり。東国賀海岸のほうが、カヤックであちこち入り込むには面白いような気もする。


あちこちの岩場で竿を出す釣り人たちに感心しながら、あっという間に冠島。岩場の間をすり抜けると、アカモクがびっしり生えている入江。レジェンド先輩が先に藪漕ぎのようにパドルを抜き差しして進んでいくと、その後ろに転々と轍の後が残った。面白がって同じ轍を進んだ。後ろから来る他の人たちは、お構いなしにそれぞれの跡をつけて進んできた。

中之島は目の前に大きく広がって、行ってみるのも悪くない。島前に囲まれた内側の湾は言ってみればカルデラ湾で、島前の島々が火口の縁の峰々なんだそうだ。四方を囲まれて、内側を漕ぐ分には安心できそうな、とてもカヤックに向いたフィールドだと思った。ちなみに、焼火山というのが火口そのもので、島々のちょうど真ん中に位置している。


冠島からちょっと戻った浜に舟を上げ、手早く昼ごはんを食べてまた耳浦に戻った。どの入江も水が透き通り、深い砂底もはっきり見える。そこからアカモクなどの海藻が立ち上がったり、アマモがびっしり生えてたり、森を上から見ているのが楽しい。スノーケリングで潜り、その森をすり抜けて泳ぐのは楽しいだろうな。

あとで調べたら、帽子岩と名前がついてた
この日は最後まで風もなく、静かな海をゆっくりと漕いで耳浦に戻った。島前を漕ぐのは今日まで。明日は昼のフェリーで島後に渡る。ぱぱっと着替えたら、カヤックを全部大先輩の車に積み戻し、一息ついたら雨が降り出した。これも予定どおり。

午後いっぱいは、買い出しも含めて雨の中の島内観光。由良比女神社、摩天崖の展望台を周り、にしわき鮮魚店で岩牡蠣、ユアーズこだまで新鮮なホタルイカを買って帰ったら楽しい時間の始まり。岩牡蠣は蒸して、その蒸し汁がまたソーメンになる。おいしい。ホタルイカも茹でたてがとんでもなく美味しい。

おおらかな先輩は海鮮が大好きで、ホタルイカの掬い取りに行ったり、カキをお取り寄せして食べるそう。先輩に任せておけば、カキの貝柱の切り方も教えてくれるし、ホタルイカの茹で加減もバッチリだ。でも、強まる雨の中、自分の居場所に水が上がってくると、IKEA バッグを敷いてのんびりしていたお尻がうっかりと濡れていた。

カヤックをやっているせいか、濡れる事自体に鈍感になってるみたい。それでもお尻を濡らせば寝るときにまずい。浜にいって打ち上がった漁具などでみんなの椅子として、居心地をどんどん良くして楽しく飲んで寝た。昨夜僕のいびきがうるさくてテントを動かした後輩も、この夜は雨音でイビキが気にならずぐっすりと眠れたそうだ。よかった。

火曜・松江

夜更けの三時ころ雨がやんだように思う。テントの中はしんなりとしながらも暖かに眠れた。明るくなったら起き出して、昨日の煮汁を使ったうどんを大先輩からごちそうになる。朝から美味しい。細々としたトラブルを解決しながら、小雨の中を上手に撤収して耳浦キャンプ場を跡にする。お世話になりました。ありがとう。

フェリーまでは時間があるので、焼火神社にお参りにいった。参道を登ってお社につくと、お社の屋根がすっぽりと、背後から覆いかぶさる洞窟の穴にはまり込んでいる。パラパラの雨も木々の霞の間を抜けて音なく落ちている。真水で湿った森の空気を吸い込んで気分が清らかになる。その心持で皆の無事を祈って山をおりた。海の安全に霊験のあるお社なので心強い。

軽く昼をすませたら、みんなでフェリーに乗り込む。西之島から島後にフェリーは渡り、そこで他のみんなは降りる。後半は島後をまるっと漕ぐ予定だ。厳し目だった風の予報が好転し、後日の連絡では島後の一周をしている途中だそうだ。僕は島後でフェリーを降りず、そのまま本州の七類港に戻って松江で一泊し、次の日飛行機で戻った。島後の西郷港で他の皆が降りるときは、三浦でいつでも会ってる面々とは言え、ちょっとしんみりする。だから見送りは船室ですませ、外は見ないでフェリーの有料シャワーで体をさっぱりさせた。

不思議と今まで遠征は日本海ばっかりで、若狭湾も良かった。隠岐も最高だった。家並みと水が近く、ひっそりとした時間の進みに憧れる。悪い季節には行かないのだから無責任にとも思うけど、良いとこ取りでいいからもそっと足を伸ばそう。