小網代の森カヌークラブ (パドリングウルフ, YouTube チャンネル) で毎週末誰かしらと一緒にカヤックを漕いでいます

2026年5月30日土曜日

20260530 がんばれー

知り合いが三浦をぐるりと走るイベントに参加するというので、それならカヤックを漕いで応援にいこうと出かける。知り合いを三浦海岸駅で見送ったら、僕はそのまま三崎口まで。バスを乗り継いでクラブハウスに。

大先輩の車はもうでかけている。今日は房総半島を漕ぐツアーがあって、クラブのみんなも大方そちらに参加しているだろう。自分の薄い舟を支度して一人で入江に浮かぶ。

知り合いの行程を考えるに、お昼すぎには海外町のあたりを通り過ぎるだろうから、それまでは適当に漕いで回ろう。ただ、午後は南風が上がってきそうな予報だからそこは気をつけてと。

網代崎を回った感じは追い風。ほいほいと漕いで三崎の堤防にとりつく。ここから先はすぐに上がる場所がない。長津呂崎まではミスれない。今の舟で一人で先に進むのは実は初めてだなあ。

ちょっと緊張しながら堤防沿いの波に揺られながら進み、長津呂崎、馬の背と抜けて安房崎までやって来た。宮川まで渡ろうかと思ったけど、西からの風を感じてやめておいた。

引き返すと決まったら時間はのんびりあるなあ。
ちょうど大潮の干潮で、安房崎灯台のしたの洞窟の浜の前は岩場がでている。馬の背を過ぎて岸べたで漕いでいたら、前から白いカヤックが来るのが見えた。誰かなと思いながら少し方向を合わせると、なんでもやる先輩だった。いつものオレンジのシェア艇が今日は房総ツアーに持っていかれたので、白いカヤックで出てきたようだ。見慣れないから少し迷った。

先輩と合流して話しながら漕いでいく。潮が引いて地形の変わった諸磯の岩場を縫って灯台の下の入江に滑り込んだ。ここはいつも水がきれいですね、いっちょ回っときますか?と水を向けると、ザバンと勢い良く回った。それならと僕も合わせて何度か回る。

そうしてふと先輩を見ると帽子とサングラスがない。どうしました?と聞くとまんまと落としたらしい。シーズン久しぶりの練習で油断したらしい。帽子は浮いているのをすぐ見つけたけど、サングラスは沈んでいったらしい。安いやつだけど、と言いながらも惜しいものは惜しい。

ダメ元でスノーケルマスク持ってますか?と聞いたらしっかり持っていた。さすがなんでもやる先輩。「舟を押さえててね」と一言残してドボンと泳ぎにいった。しばらく泳いで回ったけど、残念ながら見つからなかった。再乗艇したら寒くなったと見えて、これで帰るわと網代崎に向かって漕いでいった。

先輩はお酒が好きで、前は良く遅くまでクラブハウスで飲んで帰ったけど、最近は車で来て道が混む前、暗くなる前、昼前でさくっとあがって帰ることが多い。少し寂しくもあるけど、先輩と漕ぐといつも楽しい。この前も諸磯で波遊びして水につかりまくった。

先輩を見送ってそろそろ昼ごはんにしようとまだ人のいない浜を探して上がる。知り合いはまだ東京湾側を走っているだろう。お茶を一杯、濡れた服を乾かしながらご飯も食べて、青白緑の三浦カラーを望みながらのんびりする。

よい時間になったら三崎の堤防側までくるりと回って海外町の浜にあがる。道路が浜ぎりぎりを通るので、おいてあるカヤックが見えるだろうし、気づきやすいだろう。

道路際の和菓子屋さんで茶通というのを買って浜で食べながらまたお茶を一杯。脇の道路を次々と人が通っていく。知り合いからは、宮川、城ヶ島、海南神社と、ポイントごとに通過の連絡が入り、いよいよくるかと道路際に立って向こうを見やっていたら、走る姿がとうとう見えた。こちらに気づく瞬間を収めようと動画をとりながらじっとしていたら、全然気づかずにすり抜けそうになったのでこちらから慌てて声をかける。

ここまで40キロ以上走ってさすがに余裕なんて無いのだろう。悪かったなと思いながら、写真を一枚だけ撮らせてもらって送り出した。これからまだまだ20キロ以上残っている。たいしたもんだ。

だいぶ南風も上がって、僕はあとは戻るだけ。風に追われてすいすいと漕ぎ、湾内に戻ったらもう少し水につかって、それで舟を上げた。一日60キロ。カヤックだったらやってみたいな。



2026年5月23日土曜日

20260523 自転車漕いだ

風の強い土曜日、雨は降らなそうなのでそれなら自転車で三浦を漕いでみようかと思いたち、折りたたみ自転車を持ってでかける。

東香川から松山まで四国沿いを漕いでみて、どこも良いところだと思った。特に荘内半島の先端や沙弥島など、しょっちゅう出かけたくなるような場所ばかり。しかも自転車でのアクセスもしやすくて、これなら気軽に自転車で回ってみるのもありかと思い立ったらやってみたくて仕方がない。

そういうわけで、ものは試しとキャンプ道具をつめたヒップバッグと輪行バッグにいれた自転車を持って三崎口の駅に朝ついた。

ここで自転車を組み立ててまずはクラブハウスまでいく。

ついたら自艇を出してしばし手入れ。しばらく使って目止めをしたい部分が見つかったので、布用の接着剤でもって穴を埋めていく。曇り空の下だけど、太陽の力は十分に届いているのか、塗り拡げた接着剤がすぐ乾く。

ひとしきりやって気が済んだので、舟を片付けて、さあここからどこに行こうか。俺の浜でのんびりするのもいいよね。今日は風が強いからカヤックはでてこないだろう。

とりあえずは諸磯の灯台がみたいよねと、小網代からの急坂は自転車を押して上がって尾根の上に。四国の道って坂は多いんだろうか。そんな先のことをつい考えてしまう。

尾根筋道をちょっと走ったら「小網代の牡蠣」なんてのぼりがたっている。牡蠣好きだから気になるじゃない。見回して、交差点そばの海産物のお店を見に行くとあった。

海からあげてそのまま出しているので加熱用としているのだそううだ。生食用のは綺麗な水に一旦通して出荷するので、それをやってないので焼くなりなんなりしてねとのこと。なるほどね。それと、年中だしてるわけではなく、2月から5月一杯までの春前後のみ。今年はもうこれで終わりだねということで、また来年かと思いながら諦めた。来年は絶対に買って浜で蒸し焼きにして食べよう。そう思ったら、別に今日の道具でも蒸して食べれたじゃないとあとで気がついて、これをかいている時分には後悔したさらにその後。

ともあれ、諸磯までの上り下りを終えてついてみたら誰もいない。ありがたい。北風もちょうどよく吹いていて好きなように練習できる。ここでしばらくのんびりして、昼ごはんは三崎の港に出て地魚のフライ定食を食べよう、そうしよう。

正午が近くなってお腹が空いてきたけど、茶腹も一時、お湯を沸かして優雅に誤魔化す。三崎のご飯やさんは込んでるだろうから、一時半くらいまでのんびりしておかないと。ねそべって携帯を開き、剣崎では 9m/sくらい吹いてるなあと思う。陸の予報だと 5m/sくらいの風予報になるか。このくらいならタープでも寝れそうだ。 

ごろごろして丁度良い時間になったら荷物を畳んでまた自転車を漕ぎ出す。海外の入江を見ながら三崎のロータリーに入ってさくら屋に入る。ここの地魚のフライ定食が大好き。昔は天ぷらだった。すべてお魚で、野菜の天ぷらは一切無し。その時々で種類は違うけど、六種類の魚が盛られてでてくる。何年か前から天ぷらじゃなくてフライに変わってしまったのが少し残念だけど、フライも勿論美味しい。アジ、アナゴ、タイ、タチウオ、カマス、あと一つなんだか忘れた。どれも少しずつ味が違って、美味しいんだけれど特に気に入るやつもある。ただ、それが何の魚だかわからない。聞けば良いけど、これかな、あれかなと当て推量するのも楽しみの一つにしてる。

お腹がいっぱいになって、あとはどこまで行こう。気分が乗ったので、横須賀中央まで走ってみるか。ここから24kmほどか。自転車でキャンプするとしたら、一日 50キロちょっとくらいは走れるだろうか。ちょうどよい様子見だと走り出す。久しぶりに登った尻こすり坂はしんどかった。なんか新しい自転車も欲しくなるけど、まずはやってみて。

今日は風が強くてカヤックできなかったけど、そういう時にエクストリーム昼寝とうそぶいて、寝袋を持って海辺で寝てたことがある。それの発展と言えばいいか、一泊二日の自転車キャンプ、普通にやれそうだ。自転車漕いで足も鍛えておきたいし、カヤック旅行のロケハンにもいい。房総半島もフェリーで足を伸ばしてみるか。



2026年5月17日日曜日

20260517 三浦良いとこ

土日はどちらも良い予報。メンバーには両日漕いだ人もいる。僕は日曜に定め、朝からクラブハウスにでかける。筋トレ後輩も両日組。のんびりペースで雨崎まで一緒に漕ごうと申し合わせた。

クラブハウスに着くと、昨夜から泊まってこれまた両日漕ぐ遠方からの後輩が朝ごはんを食べていた。一緒に支度して三人で出かけることにする。

久しぶりの自艇で緊張する。沈しても良いようにしっかり上を着ておく。今日は暑くなりそうだけど、濡れればまだまだひんやりする時期。

ヨットの横から三人で軽快に滑り出し、さくさく漕いで諸磯の灯台を目指す。風はなく静かな海でも、何かうねりが伝わってきて、隠れ根に白波が立つ。これが瀬戸内とは違うなあ。

三崎の堤防を回って一段、長津呂崎を回ってさらに一段、うねりによる波が上がる。だいぶ三浦の海に育てて貰ったなあと思いながら安房崎まで漕ぎ通してそこで休憩に手を留めた。

すると向こうからカヤックが二艇やってくるのが見える。一艇はスキンカヤックだ。勇んで挨拶をし、「漕いでますよー」というと「嬉しいねえ」と返してくれた。「雨崎までいってきまーす」と言って別れた。

安房崎から横瀬島までは一直線に渡る。少しずつお尻に水が沁みる浸水センサーに気を揉みながら漕いだ。なぜか左に寄せられる流れが気になった。

ちょっと向かい風。北東が吹いてる。横瀬島の風裏に入って、スポンジで水を抜く。何回かやればあらかた抜ける。最初たまるまでは帆布の内側が水をある程度吸うので少し時間がかかるが、帆布が水を保ち切ってしまうと二回目はもっと早い。それぞれ二時間と一時間ちょいと行ったところか。もう一度重ね塗りしておこう。

思ったよりも北東の風が強く、無理して雨崎まで行くこともないねと、剣崎から東京湾を一望して引き返す。遠方からの後輩は、小網代から下田までの弾丸ツアーを漕いだことがある。今日初めて小網代から剣崎まで漕いだということで、これで相模湾がつながった。下田から石廊崎までのちょこっとが残ってるけど、ほぼ相模湾制覇。おめでとう。

剣崎での折り返しの休憩時、筋トレ後輩は目をつぶっていたそうだけど、ぐんぐん房総半島の先に向かって真っ直ぐ流されていった。僕ら二艇は動かなかったのに、なにか変な流れに乗っていたのか、舟が行きたがっていたのか、真っ直ぐの方向で背中がみるみる小さくなっていった。ふと離れたことに気づいて舟を回し始めたので、それを合図に帰り道を漕ぎ始めた。

どこであがるかは筋トレ後輩任せ。適当についていく。毘沙門の浜であがるか、潮が低いので東側は諦めて反対側にするか、結局どこもよらず安房崎までつき、大先輩のツアー組はどこで昼にするかと思案する。出すもの出すのに浜にあがりたいというので赤羽根海岸に向かって入っていくと、向こうから大先輩のツアー組も見えてきた。数えると12艇いる。大船団だね。それで合流してお昼にし、あとは一緒に行動してたらたらと漕いで舟をあげた。


ツアーでしばらく他の場所を漕いでから三浦に戻るとあらためてその良さに驚く。景色が良いのは勿論だけど、風がなくて良い海況でもなにかしら渋い海域があり、それを漕いでいることで対応力がついたと思う。それでいて西伊豆や外房と違って漕げないほどの海況というわけではなく、海にでられる日も多いい。カヤック天国のどまんなかにベースを構えてくれてほんとうにありがたい。

これからはどんどん暑くなる。濡れる練習も本番だ。カヤックがますます楽しい。

2026年5月9日土曜日

20260509 - 10 大角鼻 - 堀江海岸

5/9 大角鼻から堀江海岸まで

昨夜はいい具合に風も落ちて結露も少なく朝を迎える。今日は少し長めに漕ぐ。前半は風、潮ともに背中を押してくれるけど、後半は潮の流れが逆になる。風はそのまま強くなる。ちょっと手ごわい漕ぎになるかもしれないなあと、コックピットに行動食を多めに入れておく。

砂浜には猫の足跡が点々とついて、舟の周りをウロウロしていたらしい。かわいいけれど、食べ物を外に出しておくと袋ごと破かれるから侮れない。

支度をして浮かぶ。鼻をぐるりとまわりこんで岸沿いに南南西に下っていく。なんだか安心して漕げる海だ。途中で休憩に上がった浜ではわきに道の駅があり、うどんが食べられるかと売店に行ったけど11時前のことでお店は準備中だった。ここまで結局一度もうどんを食べられず。うちに戻ってからはなまるうどんを食べるとするか。かわりにお土産物を買って隙間の空いたハッチにおさめる。途中の仕事がここで一つ済んでありがたい。

おそろいのスカートを履いた若い女性に手を振られながらまた海の上に。すぐに鹿島が見えてきた。本土との間を漕ぐか、広い方を抜けるか、大先輩は狭い本土側を漕ごうと言った。潮はもう向かいに流れていて、それが潮波を立てている。そこにざぶりと入って何回か波に乗れた。楽しい。みんな流れに負けずに抜けてきて、あとは向こう正面に見える目的の浜を見据えて淡々と漕ぐ。

風は少し向きを変えて、フォローと言うより右手側から常に吹く感じになってきた。右に右に向きたがる舟をおさえながらみんなわしわしと漕ぐ。早くつきたいような気もするけれど、浜が近づくとしんみりしてくる。並木の間に大先輩の車の屋根が見えた。紛れもないゴール地だ。元気な後輩からは「もう終わりなの」と冗談まじりの本音の声。最後はみんなで一緒に浜にバウをすりあげ、無事漕ぎの行程を終えた。


あとは現代社会にもどる儀式。荷物を片付けて車に積み込み、風呂を探してさっぱりとする。お風呂は道後温泉に入りにいった。そこで食事も取る。やっとこさうどんにありつけた。伊予うどんというらしい。ふわふわと柔らかめなうどんが優しい。

そうして人心地がついたらあとはどしどし帰るだけ。高速から垣間見える海を見ては、漕いできた記憶から島を見つけたり、山を見つけたり。うどんを食べそこねた山田海岸もうしろに過ぎて、また淡路島を抜けて神戸までついた。そこで一晩、元気な後輩の家で一泊させてもらえることになっている。大先輩も一発で三浦まで帰るのはさすがにしんどかろう。車を駐車場に入れたら街に繰り出して、学生街の若い声にまじって居酒屋でツアー漕ぎ終わりの祝杯をあげた。もちろんコークハイで。


5/10 横浜駅解散

朝早くに起きて、家の主からお茶を一杯ご馳走になり、早々に車を出す。一人残る方はなんだか物寂しいよね。まあ、三浦でまた漕ぎましょう。目立った渋滞もなく、スムーズに横浜までついて解散。明日からはツアーロスに悩まされるのだろう。


今回はうまく生活のリズムを作れて、興奮するでもなく、飽きるでもなく、毎日良く食べて良く出して良く眠れた。チャレンジではなく、暮らしに行く、それができていたように思う。

それにしても四国は旅がしやすいように感じた。今回カヤックで行った四国の海岸線を、今度は自転車で寝泊まりしながら回っていみたい。食事はその都度、土地のお店で美味しいものを食べよう。

2026年5月7日木曜日

20260507 - 08 魚島 - 大角の鼻

5/7 魚島から織田が浜まで

朝の出発に目を覚まして準備をする。なんにつけ静かな時間を過ごせた。島からは今治の海岸を目指す。昨日と違い途中に島が点々とあるので、休むにはことかかない。

10キロほど漕いで最初に寄ったのは四阪島。僕が瀬戸内を初めて漕いだときに、帰りに寄ったところ。その時は雨の中漕いで、寒い思いをしながら梶島の狭い浜にあがり、雫の垂れてくる木陰で小休止した。大先輩の「一生二度と来ないと思うよね」という言葉とともに薄暗い浜として記憶に残ってた。それが今日はピカピカに晴れて波打ち際の色も明るく南国感のある瀬戸内の海として記憶に追加された。

右手には来島海峡大橋が見えている。それが一本、二本と増えていく。風はなく、みな暑い暑い言いながら漕いでいる。次の休憩は比岐島で、集落とは反対の北側の浜に上がった。前に伯方島から真っ直ぐ南下した時は今治までほんの数キロの平市島で折り返し、四国上陸はならなかった。今回はちゃんと上陸できる。本州から四国まで本土同士がつながる。やったー。しかし、本州と北海道をつなぐのは大変そうだな。九州はやれるか。

正午を過ぎたら来島海峡から上げる潮の流れが向かい成分となり、船足が多少落ちた感じもするし、左に左に流されたけど問題ない。日本食研の変な建物脇にある綺麗な織田が浜に舟を上げた。

ひとまず干すものを並べたらまだ日が高い。歩いて 30分ほどでお風呂があるので、筋トレ後輩とさっぱりしにいく。日が暮れるまで時間はゆっくりある。仁老浜であった自転車組が今治のマクドナルドで胸焼けするほど食べて美味しかったと話していて、それに触発されてマックを食べてから浜に戻る。

明日はまだ漕げるかわからない。六時に出発できるよう支度をして、朝の予報を見て決めようということになって寝た。


5/8 織田が浜から大角の鼻まで

4時頃になるとみんなゴソゴソと起き始める。出発前は手の込んだものは作らずに、行動食に買ったものを食べておく。午前中でだいたい漕ぎ終わるので、昼ごはんをしっかりと時間をかけて食べる。その間に濡れものが昼の強い日差しで乾いていく。そういうリズムが自然とできていた。

大先輩は朝5時すぎの予報を確認して、六時出発でいこうと伝える。ところが、5時半過ぎに予報が悪く変わり、南西の風の上がりが早く強まりそうな様子に。さっさと漕ぎきってしまおうと、六時前にできるだけ早く出ようと声がかかり、皆の準備に拍車がかかる。

はやる気持ちそのままに出艇し、潮の流れに乗って大橋に向かって真っ直ぐ漕いでいく。海保の申し送りはあったのだろうか。途中、テトラの隙間から見えた浜ではSUPが四人ほど朝から練習していた。まだ8時前の朝活SUPとは優雅だなあ。横目にみながら漕いでいると、テトラの隙間から挨拶しにきてくれた。その浜の直ぐ近くにあるピンク色の建物がカフェで、仕事の前の漕ぎなんだそうだ。ええなあ。

海保の舟がでてくることもなくすんなりと大橋に近づき、そのすぐ手前の浜に上がった。潮流の信号標N3↓と繰り返しだしている。北に向かって三ノットで流れていて、それがこれから落ちていくということだ。三ノットはカヤックでてれてれ漕ぐくらい。この海況を抜けるのが今回の一番の目玉。大先輩はここまでみんなでこれて満足そうだ。橋の上の走るバイクに笑顔で腕を振っていた。

今日の残りは5キロほど。10時前には大角鼻の風裏側の浜に着くことができて、明日の松山までの35キロに向けてゆっくり過ごそう。このへんでみな、残りの食料の処理が始まる。かさばったり重かったりするものから食べる。生卵のバーゲンセールもはじまった。筋トレ後輩から一つ、二つと卵を貰い自分のメニューにトッピングする。

大先輩は自販機で缶コーラを見つけ大喜び。みんなに一本ずつくれて、自分でも焼酎、ウィスキーを次々とコークハイにして、早くも昼寝。ツアーのハイライトを無事にこなせてホッとしたのでしょう。ありがとうございます。

2026年5月5日火曜日

20260505 - 06 沙弥島 - 魚島

5/5 沙弥島から仁老浜まで

今日は荘内半島を回ったすぐの仁老浜がゴールだ。昨日の大波が嘘みたいに静か。三浦でこれだけ西風が吹いたらしばらくうねりが残るけど、瀬戸内はすぐに波風おさまって、潮にも乗って、のんびり漕いでもぐいぐい進む。

そうして最後の岬を回ったら綺麗な浜が見えた。そちらに向かって岸沿いに崖を眺めながら漕いでいく。崖の腹には綺麗な石垣が残っていて、成生岬のそれを思い出す。最近まで家でもあったのかな。

ゴールの浜はすでに賑やかで、何組かの家族がバーベキューをしている。その脇に上がらせてもらい、地べたに荷物を広げて僕らの今夜の宿り。

真上からの日差しに早めにタープを張って、夜露や漕ぎで濡れたものは乾かしてのんびり過ごす。この浜ではいろいろな人に声をかけてもらった。三世代家族連れの若夫婦からは亀の手の潮煮をお裾分けに貰い、自転車で四国を一周している二人組とは神奈川から来ていると知って話がはずみ、地元の漁師が連れた太った柴犬はアイスクリームが好物だと聞き、最後には自治体のじいちゃんがキャンプ場所の使用料を集めに来て、途中でみた石垣が空海の遣唐使の旅の安全を祈願して作られた神社の土台だと知る。ずいぶん新しい石垣に見えたけど、千年以上も前の石垣ということになるな。ほんとかな。

浜からは明日行く魚島が薄く見える。明日明後日の海況はとても良さそうだけど、その後がちょっと怪しい。まあまずは島に渡って、それから考えよう。


5/6 仁老浜から魚島まで

風がないと夜露がひどいな。まあしょうがない。濡れるのはタープが一枚だけ。すぐに乾くし楽ちん。

支度を終える頃になると、浜の人が総出でこちらを見ている。料金集めの爺さんも朝からでばってきてまだ足らないくらい話しかけてくる。自転車の二人も、車中泊で釣りをして回ってる人もみんなカヤックが出ていくのを見たそうしている。

浜でのブリーフィングは諦めて、出てから海の上でやりましょうと大先輩が言って一斉に船を出した。浜の人たちに手を振り返して、あとは魚島に向かってまっしぐらに漕ぐ。海況は静か。明後日にはまた西風が上がる予報があるが、今日明日は凪の海。漕げるときに漕いで、どこまで行くかは気にしない。

魚島までの途中にはどこにも上がるところがない。レジェンド先輩と顔の広い後輩はそういうパッドの話で盛り上がりながら漕いでいる。ドボンと浸かるにはちょっと水が冷たい。一人だったらいくらでもやりようはあるけれど、グループで漕ぐと色々憚られるしね。

段々濃くなる島影に向かって淡々と進み、11時前には島についた。右に見える赤い灯台をさらに回り込み、集落のはずれの綺麗な浜に舟を上げる。すぐそばに水場もあれば東屋もある。

舟を上げたらすぐに今後数日の行動を相談。残るは7、8、9日の3日間。魚島から松山までは75キロ。それをどう按分するか。明日は漕げる。明後日は微妙だけど、南西の風裏の岸べったりなら動けるか、というところ。明々後日は北寄りの風で、来島海峡を抜ければ追い風になるだろう。

結局、明後日の風がどうなろうとも動きやすい四国本土を目指そうということで、明日は今治の海岸を目指して30キロ、明後日は風裏だけで漕ぐつもりでそこから大角鼻まで15キロ、明々後日に松山まで残りの30キロということに決めた。あとはお天道様の気分にまかせ、今日はもう全力でのんびりするだけだ。

大先輩が売店があるにはあるというので、道を歩いて開いているか見に行く。漁港には静かにたこ壺が並んでいて、瀬戸内の島のリズムが体に沁みる。GW中だからか売店は開いていなかった。残念。東屋に引き返し、風がふくと少し肌寒いくらいの陽気で快適に過ごす。日が暮れて皆就寝。














2026年5月3日日曜日

20260503 - 04 女木島 - 沙弥島

5/3 女木島から沙弥島へ

今日も同じように朝5時半に出艇。昨日とは打って変わって風がなく、すいすいと進んでいく。とはいえそれも今日まで。明日は晴れはするものの爆風の西風が吹くとの予報で、ほぼ停滞が確定している。

浜を出て右に回り込み、高松の街を眺めながら進む。女木島は鬼ヶ島にもなぞらえられて、フェリーのつく港には鬼を模した灯標が立っている。金棒の先がピカピカ光る。

もう少し回り込んだら一旦の目標となる小槌島が見えた。凪いだ海面を段々強まる潮の流れに乗って楽々進んでいく。進むに連れて、右側に見えていた潮波の方に寄せられていくようだ。それも面白かろう。島の手前で海保のことなみが止まっていて、おそらくこっちを見ているのだろう。波に揺られながらも舟をちゃんと動かして、まとまって小槌島の南の砂浜に向かっているところを見て安心したのか、そのうち動いてどこかに行った。大先輩は声をかけてもらいたそうだった。

そうして浜に上がる。前回本州側を漕いだ時は大槌島で小休止した。大小ともに、大小逆の印を残す。

もう瀬戸大橋は見えている。今日寝泊まりする浜はその袂だ。小槌島を出ると急に四国の岸が都会になる。釣りのボートも一杯浮いている。そのうちの一つが掛かった魚をあげようと奮闘している。その釣り人二人組みの声が聞こえる距離で漕ぐ手を留めて見守る。ブリか、いやそうじゃない、と言うやりとりを何度かしたあと、サワラだと気づいた釣り人の歓声が海の上に通る。初めてだと嬉しそうに上げた魚はタモ一杯に大きくてびっくりした。そうか、この時期はサワラが本命なのか。

また漕ぎ出して坂出の街が左の引っ込んだ奥に見えてきた。するとそこから海保の舟が勢いをつけてこちらにまっすぐ向かってくる。ことかぜだ。名前からして、良く会うくりかぜの兄弟艇だね。ことなみから連絡が回ってて待ち構えてたのかなぁ。こちらの対応も素早い。ひとかたまりに集まって筏を組み、大先輩が間に立って誰何を待つ。クラブの集まりで東香川から松山まで行く、今日は瀬戸大橋の袂で上がって終わりにする、等の旨を答え、午後からは風が上がるから気をつけてと言われてそれで別れる。海保に会うとなんか得した気分になる。来島海峡あたりでもまた申し送りがあるかな。

大橋の下はまた少し潮が流れていた。それをドンブラと進んで桟橋の脇を通り、今日上がる沙弥島の浜が見えた。まだ10時にもなっていない。皆漕ぎたり無いのか手が止まりがちにタラタラ進んでいたら雨が降り出した。これも予報どおり。お天道様には敵わない。浜に上がって落ち着く場所をそれぞれ見つけ、これから強まる雨風に備えよう。


好みで二手に分かれる。浜に残り雨の中テントを張った人と、少し高台の東屋に登り、風はあるけど屋根を選んだ人。この雨も夜半からやんで、その代わり風が上がってくるだろう。時折浜の人たちが上がってきて、大橋を見ながら日が落ちるまで楽しく飲んだ。明日は停滞なので体に多少水を入れても問題なし。


5/4 沙弥島停滞

夜半、高台の東屋はだいぶ吹かれた。その分結露がなくてすっきり。初日とこの日はテントを使った。雨風が吹き込むのでタープはちょっとね。

空は晴れたけど風がまあ強く、日中はこのまま吹き続けるわけで、一日舟は動かせない。その間に大先輩は車を松山まで回送しておくというので、朝のバスに乗って浜を離れた。バス、電車、歩きで元の海岸まで戻って車に乗り、今度はそれを松山まで運転して置きにいく。そしたらまた電車等にのって瀬戸大橋まで戻ってくる。まあ、今日やっておけばゴールした日の回送時間を減らせるし、ちょうどいい。何人かは大先輩と一緒にバスに乗って坂出の街にでかける。

僕は荷物番組ということで、筋トレ後輩、顔の広い後輩と三人で浜に残った。今晩の宿りを張って落ち着いたら、朝飯からもうワインとビールを皆で美味しくいただく。


正午が近くなって散歩がてら風表に回ってみたら波の花が飛んでいた。こりゃあかん。瀬戸大橋を通る電車に乗ってみたくて、往復してみようかと思ったけど、電車は午前中止まっていたらしい。本州側まで行って運休になったら目も当てられない。乗りに行かず、荷物番して良かった。

正午くらいに坂出の街にでていた人たちが帰ってきたので、交代して僕もバスで出かける。朝一緒に御飯をした後輩二人に声をかけてみたけれど、どちらも昼寝をして出てこない。

日差しに熱を感じながら歩いてバス停まで。ここから10分くらいにあるスーパー銭湯にさっぱりしにいく。館内に入ったところで一人別行動をしていた後輩に入れ違いにばったり会う。坂出で朝ごはんを食べた後、善通寺にいってきて、それで今風呂を終えたそうだ。帰りのバスは多分一緒になるねと話して僕はお風呂に。真水で洗ってさっぱりとする。瀬戸内は冒険じゃなくて暮らしの場だ。午前中は漕いで、午後はゆっくりと暮らす。お店でご飯を食べるのもいいし、風呂が手頃な場所にあればさっぱりすればいい。

お風呂から出てバスの時間まで隙間を縫って本場の讃岐うどんが食べたい。少し歩いたところのセルフサービスのお店が良さそうだと歩いていったら入口の外にまで列が並んでいた。これは時間が間に合わないな。諦めて横のローソンで海苔弁を買って表で食べた。コロッケおいしい。

後輩と一緒にバスに乗って浜に戻った。あとは大先輩だけだ。日が暮れそうな六時くらいに大先輩が戻ってきて、お土産にビールとどら焼きを貰った。早速ビールを開けて飲んでしまう。どら焼きはどこかの行動食にする。これで皆揃った。明日は漕げる。